しゃく、という音とともに、口の中がみずみずしさとさっぱりとした甘さでいっぱいになる。縁側で食べるスイカというのは、どうしてこうも美味しいのだろうか。
いつもおばあちゃんちへ来るたび縁側でスイカを食べて、そのたびに同じ感想を抱いてしまう。日も落ちてきているのに風一つ吹かない、うんざりするほどの暑さの中、しっかり冷えたスイカにかぶりつく幸せは、ごちゃごちゃした言葉を並べ立てても表現できない。もう、ほんとに、最高なんだ。
風鈴が柔らかな風を拾い、ちりん、という涼しげな音を立てた。こうして耳でも夏を感じられるのは、素敵な文化だと思う。
これから自分が住むアパートも一通り家具家電を並べて、整理してある。けれど今日、明日はおばあちゃんの家に泊まらせてもらうことになっている。

「なまえちゃんー、そろそろ用意しなきゃ」
「あ、はーい!」

おばあちゃんの声に、慌てて指と口元をティッシュで拭いた。たっぷりと滴ったスイカの汁を軽く拭き取り、立ち上がる。

今日、私は近所の神社で開かれるお祭りにいく。仕事は3日後からだから、まだ余裕があるのだ。だから、私は今ここにいる。
大きなお祭りではないけれど近所の人に愛されているお祭りで、数は多くないけど花火も上がるらしい。この町に馴染むためにも行ってくるといいんじゃないかしら、というおばあちゃんの勧めだ。
いとこもお祭りに行くらしく、彼に案内してもらえるとのこと。なんでも、お祭りのイベントで和太鼓をやるらしい。
いとことは久しぶりに会うから少し緊張するが、もちろん楽しみでもある。8つ年下のいとこは、確か今、青春真っ只中の高校生。どんな風に成長したのかな。昔は可愛らしい少年だったけど。

「少しだけ衣紋抜くからね」
「うん」

おばあちゃんが用意してくれていた浴衣に身を包み、背筋を伸ばす。おはしょりを調整して、帯を締め始める。
この浴衣は、おばあちゃんからお母さんに、お母さんから私にと、3代継いできたものだ。昔、お母さんがちょうど今の私くらいの歳の頃、この浴衣をおばあちゃんからもらったのだと聞いたことがある。そして、この浴衣は今、私のものになっている。藍色に、白と紫の桔梗の柄が入った浴衣。淡いピンクの帯。落ち着いているけれど甘やかな華のある浴衣は、今も古臭さのない質の良いものだ。



「久しぶり作ちゃん〜」
「ちゃんはやめてくださいよ……」
「ごめんごめん、作兵衛くん久しぶり」

浴衣の着付けが終わってすぐ、いとこの作兵衛くんがやってきた。
ちゃかしてはみたけど、作兵衛くんは驚くほど見違えていた。背が伸びて、声が低くなって。小さい頃はちょろちょろ私の周りを走り回って、可愛い声で私の名前を呼んでいたはずなのだけど。照れたように頭をがしがしと掻く仕草も、なんだかザ・高校生ってな感じ。
和太鼓の演奏をするための衣装なのか、袖なしの半纏から覗く二の腕もたくましくて。

「漢と書いておとこって感じだね」
「な、なんかバカにしてません?」
「全然。むしろ褒めてる」

言うと、作兵衛くんはまた、頭を掻いた。照れているのを隠すみたいな仕草を見ると、やっぱり作兵衛くんはちょっと可愛いな、と思ってしまう。

「じゃあ行きましょう」
「うん、よろしくね。いってきます、着付けありがとうね!」
「はい、いってらっしゃい」

楽しんできてね、というおばあちゃんの声に手を振り、会場の神社へと歩き出した。


足を進めるにつれて、遠く風にのってきていた祭り囃子がはっきりと聞こえてくる。
作兵衛くんが見えてきましたよ、と指差した先に、神社の鳥居があった。日が落ちかけた仄暗い田舎道を、ぼんやりと赤く照らす提灯がいくつも下がっている。
近くに来て分かったけれど、このお祭りは思っていたより賑やかそうだ。小さなお祭りだとはいっていたものの、それは全国各地有名どころのお祭りに比べたら、ということだろう。神社は十分大きく、境内は結構な広さがありそうだ。そしてその中には屋台がたくさん並び立ち、お祭りを盛り上げる催し物の数々が行なわれるステージもあるというのだから、結構な規模だ。良い意味で裏切られた私は、暑さも忘れて足を早めた。

「俺の友達も和太鼓やるんですよ。結構すごいんです」
「和太鼓かぁ、かっこいいよね」
「はい、年齢とか関係なく大勢でやるんで、迫力あると思いますよ」
「すごく楽しみ」
「俺も見てもらうの、楽しみです」

鳥居をくぐったところで、作兵衛くんは、あ、と声を上げた。作兵衛くんが人波に向けて声を張り、浜さん、と声をかける。少し離れたところでキョロキョロと辺りを見回している男の人が作兵衛くんの声に反応したのか、こちらへ駆けてきた。

「良かったよ、ナイスタイミング。あ、こちらがこの間言ってた従姉妹の……」
「はい、なまえさんです」
「こんばんは、浜守一郎です! 作兵衛くんと同じチームで和太鼓やってます!」
「こんばんは、みょうじなまえです」

浜守一郎と名乗る彼は、作兵衛くんと同じ衣装を纏っている。ハキハキとした話し口は、周りの人をも元気にする力があるように思えた。

「え、ていうか、何がナイスタイミングなんです? 何か探してましたよね? あの、まさかとは思いますが」
「ああ、うん。多分想定してる通り……」

浜さんは目を泳がせ、作兵衛くんから顔を逸らし、少しだけ言い淀んだ。それから意を決したように作兵衛くんに向き合い、重たげに口を開けた。

「左門と三之助が行方不明で……」
「やっぱりか…」