目尻に溜まった涙が溢れるのも気にせず、女は男の顔を見上げながら、そのまま言葉を紡ぐ。

「私……ずっとあなたを探してた」
「俺もだ、ずっとお前のことを想って……やっと、お前に会えた」

男は手を伸ばし、女の頬にそっと触れた。
夕暮れ時、遠くの空が桜色に近い、淡く優しい色になっている。彼らの周りには誰もいない。ただ静かに優しく、ヒグラシがカナカナと鳴く声が、彼らを包んでいる。

「もうお前を離さない……絶対だ! 約束するよ」
「留二郎さん…!」

涙を流すヒロインを主人公が抱きしめ、カメラが引いていき、画面は暗転。そして、今人気の男性アーティストの伸びやかな歌声をバックに、長い長いスタッフロールが流れ始めた。優しい歌声に混ざって、鼻をすするような音や、嗚咽のようなものが聞こえる。会場内に泣いている人が何人かいるのが分かった。

スタッフロールもすべて終わり、画面が再び暗転する。それから次第に明るくなっていく上映ホールには、わあっ、という歓声が湧き上がった。沈黙を引き裂いたその熱気の渦は、会場を一気に飲み込んでいく。
それに合わせるようにして、隣の友人に倣い、私もぎこちなく拍手をする。

「それでは再び監督、出演者の皆様をお呼びしましょう!」

明るい色の髪を高い位置でポニーテールにした司会の女性が高らかにそう告げると、舞台袖からこの映画の監督、出演していた俳優が4人並んで出てきた。彼らは客席からの拍手や歓声に応えるように、大きく手を振ったり頭をぺこりと下げたり、様々な対応をしながら舞台の真ん中あたりに立ち止まる。そして、姿勢をただした彼らが綺麗に揃った礼をすると、収まりかけていた拍手の波が再び盛り上がり出す。

そうして、しばらく勢いの衰えなかった拍手もやっと落ち着きを見せはじめた。それを見逃さず、司会の女性が監督へマイクを向ける。

「それにしても監督、今回シリーズ完結ということですが……今のお気持ちは?」
「やりきった……って感じです。私としましても、友人が書いた原作を絶対にいいものにしたいという気持ちが強かったですし、作中の彼らの物語をきちんと表現したいと思いながら撮影しましたね。最高の映画が撮れたのではないでしょうか。さて、不破雷蔵による原作小説『ラストニンジャ』。絶賛発売中ですよ〜みなさん買ってくださいねー」
「ちょっと監督勝手に宣伝ぶっこまないでください」



シアターを出ると、辺りの眩しさと人の多さに目が眩んだ。映画の感想や、試写会ゲストの俳優がいかにイケメンかを語る、賑やかな人波を友人と二人必死でかき分ける。人にぶつかってはぺこぺこ頭を下げ、ひいひい言いながら、ようやく開けた場所に出た。冷房で冷えた二の腕をさすりながら、思わず二人してため息が漏れる。被ったため息に、今度は笑いがこぼれて、友人と顔を見合わせて笑った。パンフレットが欲しい、という友人の言葉に頷き、ここで待ってるね、と伝える。嬉々としてパンフレットを買いに行き、人ごみに消えていく友人の背中を見送った。
ふう、と一息ついて、改めて今見た映画のことを思い出す。

時は室町だか戦国だか。忍者である主人公が、普通の町娘であるヒロインに出会ってなんだかんだとすったもんだのすれ違いまくり、最終的に時間を超えたりネットを駆使し出したり戦場の中心で愛を叫んだり世界を救ったりなんなりで、ぶっ飛んだ展開になりながら結ばれる話。

人がごった返す売店から出てきた友人はいそいそと戻ってくるなり、もう待ちきれないと言わんばかりにパンフレットを開いた。

「やっぱ好きだわーあの監督の映画。なまえは? どうだった?」

パンフレット全ページをざっと流し見した友人は、満足そうにほくほくしながら私に感想を求める。どうだった、か。

「なんか……面白かった、と思う。ぶっ飛んでたけど。なんか面白いんだよね」
「設定はぶっ飛んでるね確かに。でもあの世界観も慣れればめっちゃ面白いのよ」
「確かに」

話としてはすごく面白かったと思う。ハチャメチャなはずなのに話の流れは破綻していないし、俳優さんの演技も丁寧で素敵だった。若くして天才を歌われる監督の腕の良さも、評判通りだと思った。原作もぜひ読んでみたい。

そう感じながらも、どこか寂しくもあった。何故だろうか、作中の彼らはハッピーエンドな上に、なんと戦国の世で誰も命を落とすことなくラストまで駆け抜けていた。
誰も寂しい思いなどしていない。なにも、寂しく思うことなどないというのに。

「でも寂しくなるわー」
「えっ?」
「なまえ、来週には遠く行っちゃうんだもん」
「そうだ、もう来週なんだった」

私は来週、この町を出る。今まで続けていた仕事を辞め、転職するのだ。祖父母の家がある田舎で仕事をするために、慣れ親しんだ町から離れることになった。
そうか、あの正体不明の寂しさは、隣で映画を見ていた友人と離れてしまうこと、この町を出ることに対しての感情だったのかもしれない。ただ、私が寂しいだけだったのか。

「でも、また一緒に映画見よ? 鉢屋監督も新作撮るって言ってたし」
「うん!」

嬉しい言葉に頷いて、しかし心のどこかでは、また、という友人の言葉に対して諦めのような感情を抱いていた。でももう会えないかもしれないな、という諦め。

人と人との出会いは幾度となく、そして離れて。その繰り返しだ。人と人とが出会う確率は奇跡的だとどこかで聞いたことがある。けれど、出会いが奇跡的な確率だとしても、別れはいつか必ず、100%やってくる。
そんな、心が凍えるような寂しい考えが、心の隅にいつも居座っていた。それは今まで生きてきた中で積み重なったもののようで、生まれた時からずっと染み付いているようなものでもある。
けれどこれは誰にも言えない秘密だ。こんな悲しくて冷たいものは、親にも言えない。

「あ、パンフのインタビューに鉢屋監督の次回作について書いてある。主演は今回も出演した俳優さんで、彼たっての希望から『トーフの休日』を映画化…って、また随分と……」
「お、面白そうだね……」