「なに、いたの?どれ」
「え、あの、髪が黒くて短くて、背がすごく高い…」
「あーあれか、じゃあ行こう」
「えええちょっと待って心の準備が!!」

躊躇しながら見ているだけの私とは対照的に、あの人に向かってさっさと歩いていく友人を慌てて追う。き、気付いたかな、私のこと。今更だけど忘れられてたらどうしよう。この間はありがとうございましたーなんて言っても、え、なにコイツ…なんて思われたら悲しい。いやしかしもう目の前にあの人がいるわけだしこのまま帰れない。なんか注目浴びちゃってるけど…というか他校生の時点で存在が謎だろうにそのうえあれだけ騒いだら当たり前だ、ああ恥ずかしい。私の阿呆め。

「あ、あの!私…」
「電車の…?」

お、覚えててくれた!まぁあれだけ迷惑かけられたら嫌でも覚えてますよね、でも嬉しい!というかキョトンされなくてよかった!!

「は、はい!あの、あの時ちゃんとお礼も言えなくて、すごく迷惑かけちゃったのに…。それで、あの、だから…あ、ありがとうございました!」
「わざわざそれを言いに来てくれた…ってことですか?」
「えっ…あ、はい…」

どうしよう、変なやつと思われたかもしれない。確かにお礼言うためだけにわざわざ学校に会いに来るなんてよくよく考えてみたら変だ。しまったしまったやっちまった。というかここに来てからやらかしてばかりだ。何をこんなに慌てているのだろう、他校で緊張している、なんて子供じゃあるまいし。

「わぁ…ありがとうございます、俺、大した事出来なかったのに」

め…めちゃくちゃいい人だ、この人、やっぱりすごくいい人だ…!むしろ心配になるくらい善人だ。大したこと出来なかったって言うけど、私からしたら今まで生きてきた平々凡々な人生の中ベスト3に入るレベルの恩人です。謙虚な人なんだ、きっと。菓子折りでも持ってくるべきだった…そういえばお礼みたいなもの何も持ってこないでしまった。ああもう、あれだけ迷惑かけといて何をしにきたんだ私は。

「俺には今キミが考えていることが、手に取るようにわかるよ」
「え…えっ?」

急に近づいてきた謎のイケメンが突然喋り出したものだから驚いて友人の腕に縋ろうとしたらすでに友人は黄瀬くんの元へ向かい何やら話していた。絶対サインの交渉してるよアレ…失礼なこと言わなきゃいいけど。友人を見ている私に構わず私の前に立つイケメンさんは続けた。

「俺と…話したいって、そう思ってたんじゃない?」
「ええ〜いえ…」
「照れなくてもいいさ、だってキミと俺は運命の赤い糸で結ばれているから…ホラ、キミにも見えない?小指から小指に繋がる、赤い糸」
「いやごめんなさい私ただこの方にお礼言いたかっただけでして」
「森山お前…」

良い人すぎるお兄さんに森山と呼ばれた彼はしょんぼりしながら、だって運命だと思ったから…と呟いた。なにそれこわい。

「あ、ごめん、気にしなくていいからね」
「はは…あの、私よく考えずにここに来たもので、お礼とか何も出来なくて…」
「いや、そんな、全然気にしないでいいよ!俺ほんとに大したことしてないし」
「い、いや、でも」
「…えっと、じゃあ、これからバスケの試合とか見る機会があって、海常の名前があったら、応援してほしい、かな」
「え?」
「お願いしてもいい?それがお礼ってことで…駄目かな?」
「いえ…じゃあ、ぜ、全力で応援します!」
「へへ、ありがとう」

そんな会話をしている内に休憩終わりの、集合の声がかかってしまった。なんてこった、貴重な休憩時間を潰してしまった…あれ、これ結局また迷惑かけてないか私。

「あ、あの急にごめんなさい!」
「いや、本当にわざわざ、ありがとう!」

ひょい、と大きな手を上げてみんなの元へかけていくその人の背中を見送って、私はとりあえず感動していた。なんて優しい人なんだろう。電車で赤の他人を助けるために、私を抱えてホームを駆けて。今日だって急に現れた私に嫌な顔一つせずにわざわざありがとう、なんて。しかもお礼に応援してって。
こんなの、惚れない訳ないじゃないか。

「なまえどうよ、ホラホラ黄瀬くんのサイン。お互い目的果たしたし帰ろ」
「どうしよう、あの人素敵すぎる」
「はぁ?」

なんか胸のあたりが苦しいのは、電車での吐き気みたいなやつでも胸やけとかでも、他校で緊張しているからとかでもなくて、多分。