何故か右手で前髪をかき上げ微笑みながら左手を差し出す森山さんが、私の背後に立っていた。道ゆく人たちはチラチラ横目で見ているし恥ずかしいので出来ればやめていただきたい。

「ごめんよ、待ったかい?子猫ちゃん」
「森山さん今ちょっとふざけてる時間はなくてですね」
「…ちょっとくらい彼女との待ち合わせの練習に付き合ってくれてもいいじゃないか」

しょんぼり肩を落とす森山さんだが、今はその練習とやらに付き合っている時間はない。放課後、夕方。小堀くんの誕生日が終わってしまうまで、あと7時間ちょい。

「ああわかってる、黄瀬からメールで聞いた。誕生日だろう?」
「ハイ…」
「だがな、俺はアドバイスはしない」
「いやいや森山さん来た意味!何でですか!」
「何故なら…心の友小堀に恋愛で先を越されて傷心だからだ」
「んな無茶苦茶な」
「まー、小堀なら誕生日祝わなかったくらいで怒ったり失望したりしないだろうし、遅れてもいいからゆっくり考えたらいいんじゃないか?」

言わなかった小堀も小堀だ、と続けた森山さんの言葉に、私は引っかかった。
誕生日を聞くなんて考えもしなかった私ももちろん悪い。小堀くんはそういうことは自分から積極的に言うタイプじゃないだろう。でも、それはなんだか少し悲しい。心の端のあたりが縮んで、痛くなるような、苦しいような感じがした。

「うん…小堀くんは、してほしいこととか欲しいものとか、主張する人じゃない感じは分かるんだけど、近づいてみるとその優しさが、少しだけ怖い…」

怖い、なんて口にしてしまったらいけないと思う。確かに通う学校は違うし、物理的な距離は遠いけれど、私は小堀くんと出会って、お互いに近づこうという意思があって、きっと心は近しい存在になれた。だからこそ小堀くんの優しさが遠慮に見えてきてしまっていた。私は小堀くんのことをただひたすら優しい人だと思っていたけど、遠慮されているのが見えてしまうとやっぱり悲しくなる。

「す、すいませんなんか…」
「いや…ふむ、苗字さんも結構悩むタイプなのか」
「…好きだからかなぁ」
「そりゃそーか」
「…うん」
「でもな、小堀は人を傷つけるようなことはしないし、そういうことしてるのも見たことがない」

森山さんはいつの間にかカッコつけポーズをやめていて、腕組みしながら私の話を聞いてくれていた。そうして自然体の森山さんから出てきた言葉はすっと私の心に入ってきた、真っ直ぐなものだった。真っ直ぐな、信頼の言葉だ。

「好意を持ってない相手に言い寄られたら過度な期待をさせるようなことはしないし」
「…うん」
「だから夏祭りの時もわざわざ合宿先から君に電話してまで誘ったんだろ、俺も少しはけしかけたけど」
「…そっ、か」

私は本当に、まだまだ小堀くんを知らない。知らないから信じきれない。少しは近づけた気がしていたけど、その「少し」はほんの少しだったのだ。出会ってまだ数ヶ月なのだから、考えてみれば仕方のないことだった。焦ってしまったのかもしれない。誕生日を知らされていないというだけで焦ってしまうなんて、私も相当小堀くんに、というか、恋心というやつだろうか?形のないそれに振り回されてしまっている。
落ち着こう、小堀くんと私のペースでいいんだ。そもそも私だって自分の誕生日を小堀くんに教えていない。完全にお互い様である。

そんなもんなのかもしれない。記念日を祝った祝わなかったで喧嘩する二人よりはいいような、そんな気がする。

「君らはまだまだお互いを知るべきだろ、俺もアドバイスはしないが小堀のことなら知っている限りなんでも教えてあげよう、好きな食べ物好きななタイプ、好きなグラビアアイドル」
「…小堀くんもグラビアとか見るんだなぁ」
「そりゃーもう、健全な男の子ですからね」
「そっかぁ」
「多分だけど」
「多分かい」

ふっ、と笑いが溢れた。なんとなく、楽になれた気がした。女友達に相談したくてもなんとなく気恥ずかしいし、だいたい惚気みたいな扱いをされたりでなかなか人に話せずにいた。森山さんくらいの距離感の人だからこそ話せたのかもしれない。私からしたら森山さんはお友達というよりはまだお知り合い、くらいの距離で、近くもなく遠くもない。森山さんのフランクな性格もあるとは思うけど。

「まあグラビアの話は後だ、みょうじさん、君は今小堀のもとに走るべきじゃないか?今日はちょうど体育館の設備点検で部活休みでね、小堀なら委員会でまだ学校にいるはずだ」
「うん、本当にありがとう、森山さん!」
「ああ、気にしないでくれ」
「今度お礼します!」
「なに!じゃあ女の子の紹介よろしくー!」

善処します!叫びつつ、私は走り出した。目指すは海常高校だ。迷いなんか吹っ飛ばすように、地面を蹴った。