肺のあたりが軋むみたいに痛い。
今日は何かと走らなければならない日のようだ。海常への道のりをひたすら走ったが、やはり運動不足。海常まであと少しという段階で息が苦しくてたまらなくなった。というか暑い。もう秋の、しかも夕方だというのに顔は暑いし汗は出るし、でも少し冷たい風が吹けば汗が冷えて体は寒くなるし。慣れない全力疾走なんてするもんじゃない。森山さんに言われてなんとなくその勢いで走ってきたものの、こんな汗だくで好きな人に会うというのは出来る限り避けなければ。ふらふら歩きながらタオルを出そうと、ダッシュしたせいでごちゃごちゃになった鞄を漁った。

「みょうじさん…?」
「うわぁ」

名前を呼ばれたほうへ顔をあげると、そこにはなんと目を見開いた小堀くんが。いや声で気付いてたけども。なんてタイミングだまさかのご本人登場だ。思わずすごい間抜けな声でうわぁとか言ってしまった。恥ずかしいにもほどがある。結局汗だくな真っ赤な顔でご対面なんて、神も仏もあったもんじゃない。
膝がガックガクに笑っている中なんとか立っていたが、小堀くんの顔を見たら驚きか嬉しさか安心したのが。とにかく耐えられなくなり、その場にがっくりしゃがみこんだ。どうしたの!?と焦りながら私の背中を優しく摩ってくれる小堀くんにかけなければいけない言葉、伝えたい言葉がたくさんあった気がしたが、それも全力疾走と突然のご本人登場により吹っ飛んでいた。言わなきゃと思う言葉がぐるぐると頭の中を巡っていて、どれを捕まえてどう口にしたらいいのが、混乱している。
深呼吸して、と促してくれる小堀くんに従って、深く息を吸う。吸って、吐いて、と繰り返しているうちにやっと息切れも治まってきて、まともに話せる状態になれた。

「あの…」
「うん?」
「た、誕生日、おめでとう」

言葉を探しながら息を整えつつ、出てきた言葉は結局ごく単純なものになってしまった。
言われた当の本人は呆気にとられたようにポカンと口を開けていて、ぱちくりさせている目がちょっとだけ可愛い。可愛い、というのは失礼かもしれないし言わないでおこう。

「あれ…言ったっけ?言ってなかった…っけ?」

首を傾げながら一人でん?あれ?と慌てふためく小堀くんの様子からして、本気で忘れていたのだろう。よかった、気を遣われていたわけじゃなかったんだ。

「ごめんな…俺も誕生日あんまり意識してなくて、朝、親におめでとうって言われた時にあ、今日俺って誕生日なんだってなって…」
「ううん、私も、聞かなかったし言わなかったから。偶然会った黄瀬くんに聞いて、森山さんに小堀くんがまだ学校だって聞いて」
「わざわざ来てくれたのか」
「うん」
「…ありがとう、ホント」
「急に来て迷惑じゃなかった…?」
「まさか!」

心底嬉しそうに笑う小堀くんの顔を見ていると、こっちまで幸せになれそうだ。目尻を下げてふにゃりと笑う顔は夏祭りの時みたいに赤くなっていて、来てよかったんだ、と安心できた。もっと、こうして表情から読み取れたり出来るようになりたい。そうなるためにはこれからも、歩み寄ることを忘れちゃいけないんだ。

「あ」
「ん?どうした?」
「いや実は、今日突然だったからプレゼントとか今はなくてですね…」
「全然気にする必要ないよ、そんなこと」
「でも、私は小堀くんに何かあげたいから」

また会いに来ていい?と聞くと、目を丸くした後に、またあの柔らかい笑顔。これは、肯定ととっていいのかな。
立てる?と差し出された大きな手をとると、小堀くんはそのままそっと手を引いてくれた。

「じゃあ今度は俺がそっちに会いに行くよ」
「あ、じゃあ女子ばっかりだから森山さん連れてきてあげると喜ぶかも」
「なるほど確かに」
「今度女の子紹介してって頼まれちゃって」
「ああうん、ほどほどでいいからな?」

自然な流れで手を繋いだまま、二人で並んで歩き出す。他愛もない会話をしながら二人でゆっくり歩く道はすでに日が落ちていて、だけど小堀くんの顔が赤くなっているのだけは、よく見えた。