海が近い県だからか夏のイベントは盛んで、そのおかげか私はお祭りの雰囲気が結構好きだ。大きなお祭りだと県外から来る人も大勢いて、規模が大きく賑わう分場所取りなんかがあったりして大変なのだ。だから私はどちらかというと、地元のローカルなお祭りのほうが好きだ。
昔はよくお母さんに花火大会に連れて行ってもらった。屋台がたくさん立ち並んで、騒めく通りを歩けば、級友とバッタリ会ったりして。お互いの浴衣姿を褒め合ったり一緒に輪投げをしたり。人熱の中を進んだ後に買ってもらうカキ氷の美味しさは今でも忘れられない。
お母さんの着ていた浴衣はおばあちゃんのお手製で、絞り染めの反物から仕立てた上等なものだった。絞り部分が多いらしく、全体的には白っぽい生地で薄紫の撫子柄に淡めの藍色がアクセントの、それは綺麗な浴衣だった。その浴衣は小さな頃の私の憧れで、いつか着させてほしいとせがんだものだ。
なまえがもう少し大きくなったらね、と言われて嬉しくなって早10年ほど。高校に入って、友人と花火大会には行くものの浮いた話もなく気の置けない友人ばかりの気楽なものだったためわざわざ汗をかきながら浴衣を着て下駄で足を痛めながら歩くことはせず専ら私服での夏を過ごした。そもそも部活だってあるから大した回数行ける訳でもなく未だにおばあちゃんお手製の浴衣は棚の肥し状態である。
たまに棚から出して眺めて、着たいとは思うもののやはりめんどくさい。悲しいかな我が青春。

「あーあ浴衣着たいなぁ」
「着ればいいじゃん」
「めんどくさい」
「じゃあ着なければいいじゃん」
「だよねぇ、ん?」

部活終わりに友人とカラオケに行った帰り、あまり意味のない会話をしながらだらだらと歩いていたらふとバックのポケットに違和感。ポケットを探ると携帯がブルブル震えて着信を知らせている。親も友人もだいたいメールだから電話なんて珍しいなと画面を見た私はそこに表示された名前を確認した瞬間言葉になってない叫びを上げた。

「なに、どうしたの」
「い、いや、こ、こここ、こ」
「ニワトリ?」
「ちょ、ごめ、あの、で、でんわ」
「…ハイハイ」

画面を見せると事情を察した友人はさっさと出ろとでもいうように手をヒラヒラさせた。慌てて電話に出て、深呼吸して携帯を耳にあてる。

「も、もしもし」
「あ、突然ごめん、小堀です」
「はい、あの、お久しぶりで…」

電話を通して耳に直接届く小堀くんの声に緊張して、相手が目の前にいないのが頭では分かっているのに、ぺこぺこと馬鹿みたいに頭を下げた。ていうかいうほど久しぶりでもなかったかも。まだ一週間しか経ってないし…しまった変なこと言っちゃったかもしれない駄目だ電話だと顔見えないから向こうがどう思ってるか感じ取れない…!

「えっと、今、部活の合宿に来ていて」
「え?あ、はい!」
「そこで花火大会の話になって」
「花火大会」
「うん、それで、みょうじさんと行けたらな、と思って」
「………」
「二週間後に、花火大会が……」
「………」
「…もしもし?」

フリーズした。え?今小堀くんなんて言った?花火大会?一緒に?私と?え?小堀くんが?私と小堀くんが?

「ほんと突然だったよな、ごめん変なこと言って…嫌だったら」
「嫌じゃないよ全然!むしろ嬉しい!」

嫌なんてこと、全然ない。慌てて大声を出してしまって、恥ずかしくなってごめん、と頭を下げる。そんな私の様子に友人はいちいちニヤついていて腹立たしい。仕方ないじゃないか、気になる人から急に電話がきて、しかも花火大会に誘われたんだ。慌てずにはいられない。

「あの、俺はその、みょうじさんのことまだ全然知らない…と思うんだ」
「うん、私も小堀くんのこと、ちゃんと知らない」
「…俺はさ」
「うん」
「みょうじさんのこと、もっとちゃんと知りたいんだと思う」

真剣な声色に、息が苦しくなるくらい心臓が大きく跳ねた。それとほぼ同時に電話の向こうで、小堀いいいいい!!先輩男前!!!という雄叫びが聞こえてきてこれまた別の意味で心臓が跳ねた。こっちで聞いてても驚くほどの大声って…。小堀くんの真剣さとのギャップがすごい。この短時間で寿命がだいぶ縮んでしまいそうだ。

「ごめんうるさくて…」
「ううん、楽しそうだね」
「まぁ…楽しいけどね」

呆れたような、けれど少し嬉しそうな笑いを含んだ優しい声が耳に届く。ほっとするような声にバクバクだった心臓もすっと落ち着きを取り戻していった。

こうして私の高校最後の夏は急速に色づいていった。お母さん、ようやくおばあちゃんの浴衣が着られそうです。