「夏の夜はいいよな…頬に感じるほのかに涼しい風、その風にのってかすかに耳に入る祭り囃子、そして佇む俺の元へ…普段は見ることの出来ない浴衣姿のあの子が手を振りながら走ってくる…!ハイ、というわけでこの合宿が終わったら、みんなでナンパに行こう」

合宿中、夕食までの空き時間にケータイを見ていた森山が急にそんなことを言い出した。どうやら近々ある花火大会に向けて周りの級友たちが着々とラブラブカップルへ進化を遂げているんだ!とのこと。まぁ、安定の森山だ。森山由孝と書いて残念なイケメンと読む。

「そんなあからさまに関係ないって顔するなよ小堀、余裕かちくしょう」
「え?いや別に…」
「小堀にはあの子がいるもんなちくしょう」
「え」
「その後どうなんだよちくしょう」
「どうって…」
「毎日ラブラブメール交換でもしてんのか?ちくしょう」
「いや特に何も…」

それまで恨めしそうなジト目で俺を見ていた森山は、そう言った瞬間俺を未確認生物でも見るかのような怪訝な表情になった。こいつありえない、と顔に書いてあるのが見えるようだ。
みょうじさんとアドレスを交換した後家に着いてから、アイスの件のお礼を書いた。それだけでは味気ないからと何か続けようとしたものの何を書いたらいいのか分からず、これからよろしくというよく分からない社交辞令的な挨拶を付け足したメールを送った。返事はきたものの話が広がることもなくそれきりになってしまってバスケ漬けの日々に明け暮れた。
あっという間に今日に至る。あれから一週間が経ったがメールのやりとりはそれっきりである。

直接会って話してならいざ知らず、メールでとなると相手の顔も見えないし知り合ったばかりの女子との話の広げ方が俺にはまるで分からない。みょうじさんを困らせたくないという気持ちばかりで、かえって気を使いすぎてしまっていた。

「よし、ナンパはやめだ」
「うん」
「初めからそんなもんやるつもり俺らにはねーよ!」
「笠松安心しろ、ナンパはやめてー。小堀、あの子に友達を呼んでもらって、みんなで女の子たちと花火大会デートだ」
「はい?」
「はあああ?」
「マジっすかもいやまさん!!めちゃ楽しみっす!!」
「そうだろー早川、ホラ笠松可愛い後輩が楽しみにしてるぞ」
「いやいやいや後輩をダシに使うな!小堀!お前だって困るだろこんなん!」
「うんすごく困ってる」
「そらみろ!」
「だって森山…みょうじさんもいきなり迷惑だろうし、申し訳ないだろ」

知り合って日も浅いのにそんなことに誘ったって、きっとただ迷惑としか思われないだろう。彼女にだってひょっとしたら一緒に花火大会やお祭りに行きたい相手がいるかもしれない。例えば恋人とか…片思いをしている人とか。ぽっと出の自分が彼女の夏を邪魔してしまいたくない。彼女だって自分と同じ3年生で、今年が高校最後の夏ということになる。そんな大切なひと時を、自分が奪ってしまいたくない。そんなのは彼女に申し訳ないじゃないか。

「お前は、彼女のことどう思ってんの」
「え?」
「彼女に申し訳ない、じゃないだろ。お前は彼女のことどう思ってるんだ?お前の気持ちはどうなんだよ」
「俺は…」

森山に問われて、考える。
分からない、というのが正直だ。だってまだみょうじさんに会ったのは指折り数えて片手で足りる程度で、まだ彼女のことは何も知らない。
名前はみょうじなまえさん。高校3年生。夏の暑さには弱いらしい。ちゃんと人に感謝できる、律儀な人。あと俺が知っているのは、この間聞いた彼女が頑張っている部活のことと好きなアイスの味くらいだ。彼女はどんなことで、どんな表情をするんだろう。これまでどんな風に育ってきたんだ?趣味は?性格は?誕生日は?アイスを挟んで目が合ったあの時、顔が赤くなっていたのはなんでなんだ?分からないことだらけだ。

でもきっとこれが答えだ。分からないというのが、俺の問題点。それなら、課題はもう決まっている。好きか嫌いかとかいう極端な話じゃなくて、俺は、きっと。