Q、この度のノボリ氏失踪の件について、改めて心当たりは?
A、本当にないんだよね、手持ちのポケモンを一匹も連れずに出かけるなんて普段しないし。考えられるとすれば、何かしらの事件に巻き込まれてる、あるいはポケモンの能力によってどこか遠いところへ飛ばされてしまった……とかね。手がかりが何もないから、何とも言えないけど。今は警察が動いてくれてるけど、手がかり1つ見つからないみたい。

Q、兄弟仲の不和はありましたか?
A、うーん、難しいなぁ。ぼくは無かったと思ってるけど、ノボリは違ったかもしれないよね。人と人が分かり合えてるかどうかなんて、究極分からないし。案外、本人たちより周りのほうが分かってるかもしれないと思って、職員会議でも聞いてみたんだけどさ、ノボリがいなくなる前、特に変わった感じはなかったって言われたよ。ぼくも本当に、日常の延長線上で突然ノボリが消えちゃったから、訳わかんないんだよね、未だに。

Q、今、ノボリ氏に言いたいことは?
A、何だろうな。とにかく早く帰ってきてほしいよ。だって、ぼくは今ずっと1人でバトルしてる。またノボリと一緒に二両編成のバトルがしたい。ノボリのバトルが見たい。強いて言うなら、それだけかな。



「何か、あの……ご、ごめんなさい」

頭を下げると、ギアステーション構内にあるサブウェイマスター控え室の、質素なテーブルを挟んで反対側に腰掛けるクダリさんは、目をまん丸くした。

「何が?」
「いえ、やっぱりこういうのって無神経だよなぁ……と思って」

言ってから、ああこれって「無神経な質問をし尽くした挙句保身のために謝ってる奴」みたいだ、と思った。
本心では不快に思っていた質問を、結局してしまったことへの罪悪感が、謝罪という皮を被って口から溢れていってしまったのだが、そんなのクダリさんにしてみれば知ったこっちゃないだろう。
しかし、当のクダリさんは何も気にしていないような、あっけらかんとした顔である。

「ああ、いいよ。仕事なんだもんね、気にしないでよ」

と、笑うのだった。

「それに、この取材OK出したのぼくだし。地方新聞さんにはいつもお世話になってるからね」

いかにも、私が働いているイッシュ地方新聞は、これまで幾度もサブウェイマスターへの取材を行っている。バトルサブウェイ、その施設の長たるサブウェイマスターへの取材はいつも私が担当していて、最近は全く肩肘張らずに話が出来るようになってきた。
ノボリさんが突然姿を消したのは、その矢先のことだった。
各メディアは当然、この事態に食いついては食い物にしていたように思う。テレビもゴシップ雑誌も新聞すらも、この『二人で一つ』とも言えるコンビの片割れ失踪を、やんややんやと取り上げ続けた。
ただ彼らのコンビネーションが好きで、ライモン支社配属が決まったその日にバトルサブウェイ担当記者に名乗りを挙げた身としては、見ていられない状況だった。

「これさ、前半のバトルに関する質問はナマエちゃんが考えたやつで、後半のは別の人が考えたやつなんじゃない?」
「え゛」

私の手元にあるメモ帳をまっすぐ指差しながら、クダリさんはイタズラっぽく笑った。

「な、何で分かったんですか……!?」
「だって、ナマエちゃんってこーいうゴシップ系の話題よりバトルの話聞くほうが好きでしょ」

当たってる? と小首を傾げるクダリさんを前に、私はしおしおと身を縮めながら小さく頷くことしかできなかった。
ノボリさん失踪後、改めて行うことになったクダリさんへのインタビューに向け、私はまず自分で企画書を作った。これまでダブルトレインとマルチトレインを担当していたクダリさんは、ノボリさんがいなくなって以降、シングルトレインでもバトルをするようになった。だから私はクダリさんに、クダリさんなりのシングルバトルへの向き合い方の話を聞きたかったのだが、編集長は私の提出した企画書をすげなく突っ返し、ノボリさん失踪の件につっこむよう指示を出したのだ。
マスメディアにおいて、取り扱う話題は大きければ大きいほど良い。何故なら、人が求めているのは大きな刺激だからだ。だからゴシップ誌は無くならないし、SNSは虚構で溢れるし、テレビも一つの話題を煽るだけ煽って、あとは知らんぷりをする。
こういう世界にいるからこそ、ジャーナリズムを称した悪意の嫌らしさは、散々思い知っていた。
だから、ノボリさん失踪の件だけでなく、バトルに関する質問を残したのは私なりの意地だったのだ。

「でも、こういう取材受けて謝られたのは初めてかもしれないなあ」
「う」

からかうようなクダリさんの言葉に、謝罪の言葉をさらに重ねようとして、ギリギリで飲み込んだ。一旦「気にしないで」と言われたにも関わらず更に謝るのは野暮だし、自意識過剰で鬱陶しい奴になってしまうだろう。
クダリさんは、ごちゃついた私の頭の中を見透かしたみたいに笑って「優しいんだね」と言ってくれた。この瞬間、どう考えたって優しいのはクダリさんである。

「あの……クダリさん、無茶してないですか? いくら何でも、一人でシングルもダブルもマルチもやってたら、身がもたないんじゃ……」
「うーん、まあでも、やるしかないからね」

そう言われると、何も言えなくなってしまう。ノボリさんの代わりはいないし、クダリさんの代わりもいない。それを、他でもないクダリさんが分かっていて、一人で背負い込んでいるのだ。

「ノボリがいなくなってから、しばらくの間は普通に辛かったり泣きたかったりしたけど……でも、もうだいぶ落ち着いたし」

クダリさんは、椅子の背もたれにぐ、と寄りかかりながら、静かに視線を逸らした。

「泣いたり喚いたり怒ったりしてノボリが帰ってくるならいくらでもするけど、そんなことしても何がどうなるわけでもなし」

微かな木漏れ日のような明るさを湛えた声が、むしろ悲しく思えた。

「泣いたり怒ったりし続けるのもエネルギーいるからね」

クダリさんは戯けるように肩をすくめ、眉を下げて笑った。
それって、つまり辛い気持ちが落ち着いたんじゃなくて、そういうことに回せる気力が無くなってしまっただけなんじゃないだろうか。
と、思ったところで、時折顔を合わせる程度の新聞記者が軽い気持ちで口にしていいことではない気がして、私は口を噤んだ。

「なんていうか、あの……」

代わりに、何かクダリさんが元気になれるようなことを言えればと思ったのだが、大したことは思い浮かばなかった。

「ノボリさん、どこかで美味しいもの食べてるといいですよね、何か……ちゃんとした食事してるといいなあ、というか……イヤ何言ってんだろ……」

最終的に死ぬほど呑気なことを口走ってしまって、頭を抱えたくなった。言ったことは本心だが、これこそ赤の他人が何言ってんだ状態ではないか。恥ずかしくて顔からかえんほうしゃ吹きそうになりながら一人であたふたしていると、クダリさんは何かを堪えるように顔を俯かせた。しまった、怒らせた? と思い、おそるおそるクダリさんの様子を伺ってみる。

「あはは、何その感想!」

こちらの心配をよそに、クダリさんは伏せていた顔を弾けるように上げ、声を上げて笑った。

「うん、そうだね。でもそれならお土産買ってきてもらわないと。ぼく、ご当地ラーメンがいいな」
「……カントーだったら餃子も一緒に、ですね」
「あー、欠かせないよねえ」

大笑いの余韻を残した顔で「コトブキ味噌ラーメンって美味しいよね。そうそう、ぼく、今日のお昼に新作のカップ麺買ったんだ。あれ楽しみなんだよね」などと話すクダリさんは、はたから見れば、何事もなく元気にしているように見える。
この人は、ノボリさんがいなくなった後もこうして生きてきたのかもしれない、と思った。

取材を終え、裏口からギアステーションを後にした。晴れ渡った、春のはじめの青空を見上げると、コアルヒーの群れが跳ね橋の方角から飛んでくるのが小さく見えた。

どれだけ泣いても、喚いても怒っても、そんなことしてもノボリさんが帰ってこないことを、分かっている、のだとしても。
クダリさん、本当は泣きたいし怒りたいんじゃないだろうか、と思う。
だけど、クダリさんの言う通り、泣いたり怒ったりし続けるのは相当なエネルギーがいる。普通の社会人よりも相当忙しい身の上であるクダリさんにしてみれば、日々の営みをこなしていくためのエネルギーをそこに割けないのかもしれない。平凡に生きている私ですら分かる感覚なのだから、クダリさんほどの立場にある人が何事かを嘆き続けるのは難しいはずだ。
それでもやっぱり、感情を溜め込み続けていけば、いつかは破裂してしまうだろう。

せめて、クダリさんが今日買ってみたというお昼ごはんのカップラーメンが美味しければ良いなぁと、つまらないことを天に祈った。