◎本丸運営五日目
「大集合粟田口ブラザーズ」

刀派を同じくするものを「兄弟」と呼ぶのはなかなか面白いことだと、妙に感心してしまった。
生物は親を同じくし、血の繋がった者を兄弟と呼ぶ。それに倣って、作り手である刀工を「生みの親」とし、その生みの親を同じくする物同士を兄弟と呼ぶことは、道具である自分らとっても案外しっくりくるものだと思った。

「邪魔するぜ」

鍛刀部屋の戸を引くと、主の隣にいる山姥切が眉間に寄せた皺を隠そうともせずに振り返った。

「日本号、あんた今日も畑当番だったろう」
「水やりまでは終わったからな、休憩がてらに覗いただけだ。新しい刀、来るんだろ」
「うん、そうだよ」

こちらの言葉に頷きながら、主は壁に表示される残り時間を確認した。「ちょうどあと少しで一振り打ち終えるみたいだ」と独り言のように呟き、手の先の方でちょいと手招きをする。

「せっかくだから見ていきなよ。日本号の兄弟が来るかもしれないよ」
「さあ、どうだかねぇ……あんたは? 兄弟はいるのか?」

隣に並び立ちながら、なんとなく気になったことを問えば、主は右手の人差し指と中指を立てて「上に二人いるよ」と声を弾ませた。

「そういえば気になったんだけどさ、作り手が同じもの同士を兄弟と呼ぶんだとして、同じ本丸に集まったもの同士のことは何て呼ぶの?」

思わず山姥切と顔を見合わせた。
持ち主を同じくするもの同士をなんと呼ぶか、など、そういえば考えたこともなかった。
そもそも考えるきっかけがなかった。同じ刀工の手で生み出された物を「兄弟」を言うのは、この本丸に人の器を持ってやってきてみて、何となく理解できた。
だがそれ以前、それ以外の刀のことは、ただひたすらに「そいつ」でしかなかったように思う。
人間は、同時期に同じ職に就いた者を同僚と呼ぶ。後に就いた者は後輩。先の者を先輩。仲の良い者を友人。夫婦となれば夫、妻。教えを乞うた者を先生。

「結局、呼び方ってのは一種、付き合い方を分かりやすく示すための手段なんじゃねえのかい」
「へえ、手段」

感心したような声を上げる主の隣で、山姥切が頷きながら口を開く。

「言葉を持った人間ならではの、関係性の築き方なんじゃないか……とは思う。刀が道具として戦働きをするにはほかの道具との付き合いよりも。ただひたすらに『持ち手にどう振るわれるか』だろうからな」
「だからまあ、人の身を持って戦に出るからには、俺らも多少はコミュニケーションってのをやらねえといけないんだろうな」
「そうかあ。なるほど、君らの話は面白いな」

主は顎を指でさすりながら、いたく感じ入ったように何度も頷いた。

「まあ強いて言うなら……現状、同時期に本丸に来た連中は同僚ってところか?」
「その話でいうと初期刀である俺が一番の先輩……か?」
「誤差じゃねえか、急に強気だな」

山姥切の言葉に苦笑しながら、しかし本丸を一つの社会とするなら、まあそれで間違いはないのだろう。
つまり今から来る刀は後輩とでも言えばいいのか。

「お、刀ができたね。さっそく呼び出そう」

残り時間が0になったのを見た主は、いそいそと顕現の準備をした。
ひとひら、またひとひらと次々に花びらが舞う。

「よお大将。俺っち、薬研藤四郎だ。兄弟ともども、よろしく頼むぜ……ん? なんだ見手が多いな、どいつが大将だ?」
「あ、俺です大将。よろしく、薬研」

少年のような見目の刀が顕現したと思った次の瞬間には「後輩」と呼ぶに呼びにくい口調でつらつら話し始めたので、思わず閉口した。呼び方ってのは難しい。
「大将って呼び方、なんかカッコいいな」とのんきに嬉しげな声を上げる主は、やっぱり人間なのだなといやに納得したのだった。


◎本丸運営六日目
「酒茶論(にならない)」

「ああ、おはよう」

朝餉の用意のため寝ぼけ眼のまま厨へ向かうと、見覚えのない緑髪の男が茶棚に腕をつっこんで中をガサゴソ漁りながらこちらを見ていて、一気に眠気が吹っ飛んだ。

「え……いや、誰だあんた」
「俺は鶯丸という」
「ああ、古備前友成の」

あくまで何でもないようにさらりと名乗られて、拍子抜けしながら肩の力を抜いた。

「俺ぁ日本号だ、よろしくな」
「へえ、槍か。昨夜来たばかりなものでな、よろしく頼む」
「おう。で、何してんだ朝っぱらから」
「茶っ葉を探している」
「茶? ああ、どこだったかね……」

そういえば、これまで茶は専ら前田が淹れてくれていた。いざ自分で茶葉を探すとなると、その場所がまるで分からない。
ただ、普段前田が扱っているものなら恐らくは、と下段の引き戸を引いてみる。桜の彫り物が控えめに施されている茶筒らしきものを目に留め、蓋を開けてみれば、中には香りのいい濃緑の茶葉がたっぷり入っていた。
ついでに見つけた急須と、人数分の湯飲みも調理台の上に出してやる。

「ほれ。茶ぁいれるならついでに他の連中のも淹れてくれ。どうせもうじき飯だ」
「ああ、そうだな。助かった」
「いや、んじゃあ俺は朝飯の準備するわ」

とはいえ、いまだに食に関しちゃ初級を脱しきれずにいる。できて精々、ベーコンと目玉焼きを一緒にしたのと汁物程度で、あとは米と、作り置きのおひたしでいいだろう。
朝餉の当番はもう一振りいるはずだったが、はて誰だったか。昨晩来たという鶯丸含め、まだ7振り分しか手がないから、当番が回る順が大きく変わることはない。
確認もせずに来たが、昨日が三日月と前田だったことを考えると、二振り以外のどいつかということだ。
まさかと思いつつ、急須に茶葉を入れている鶯丸の名を呼ぶ。

「お前さん、今日朝餉当番だったりしねえか」
「朝餉? ああ、そんなことを昨日、主から言われたような気がしないでもない」
「いや、どっちだよ」

苦笑交じりでこめかみに汗をかきながらツッコめば、「まあ、細かいことは気にするな」と大雑把にもほどがある返事が返ってきた。

「うん、まあいいか。飯は俺が作るから、あんたはとりあえず茶ぁ淹れてくれよ」
「分かった。料理もまあ、おいおい覚えていこう」
「頼むぜ、まだ野郎連中も少ないんでな」

言いながら、さあやるかと意気込んですぐに待ったがかかった。

「日本号、氷はあるか?」
「氷だぁ? 何に使うんだよ」

出鼻を挫かれたのが癪にさわりつつも、聞けば「冷茶を淹れたい」ときた。

「今日は朝から暖かいからな」
「ああ、まあ確かに」

格子窓から入る日に当たると、額に少し汗ばむくらいには気温が高い。まだ3月も半ばを過ぎようという程度だというのに、陽射しは初夏の顔をしている。
冷茶、というのは初めて飲むかもしれない。湯飲みよりもグラスの方がいいのだろうかと思いつつ、自動製氷機で出来た氷をいくつか深皿に取って出してやれば、鶯丸はそれを手で一掴みにして、茶葉を入れた急須にそのままつっこんだ。

「このまま、氷が解けるまで待つ」
「へえ、こんな淹れ方があんのか。よく知ってるな」
「昨日、主にパソコンというものを見せてもらってな。インターネットで美味い茶の淹れ方を探していたら見つけたんだ」
「さっそく満喫してんじゃねーか……」
「茶は酒の舌休めにもいいらしいぞ」
「美味い茶の淹れ方教えてくれ」

食い気味で言うと、鶯丸は声をあげて笑った。

「なら俺は料理の仕方を教わるとしよう」
「うし、決まりだな」

まだ他に教えるような料理が出来るわけでもないが、交換条件ができたからにはこちらも否応なしに気合が入る。
二振りで袖をたくし上げながら、臨戦態勢に入った。


◎本丸運営七日目
「冬の陣」

ひそやかな敵陣に切り込んで幾らもしないうちに、連中の士気が下がっていくのが目に見えるようだった。

「酒は呑めのめ、呑むならぁばー」

相対する敵脇差の足元、一点に狙いを定める。中傷程度の傷を負わせたが、それでも戦意を失わないらしい。
得物の柄を深く握り込む。相手が構える隙を与えぬよう、一瞬の間で得物を大きくぶん回す。切っ先が狙い通りに奴の足元を掬い上げた。態勢が崩れたところで、息もつかず、顔面に切っ先を突き立てる。

「日ノ本一の、この槍をー」

刺さった得物を抜き取ると、奴さんは鉄に戻ることすら、血を流すことすらなく塵のようになり、つむじ風のような渦を作ったかと思うと、そのままふっつりと姿を消した。静かな最期だった。声も上げられずに死んでいくってのは、どんな感覚なんだろうか。

春の本丸から、冬。大坂の陣。
温い春の日向で顕現したせいか、初めて浴びる冬の空っ風は一瞬、身にこたえた。
だが、心地いい。
冷え切った空気で肺を満たせば、敵を屠ったそばから止めどなく熱を増していく頭の中が清々しいくらいに冴えていった。
それから、音もいい。
長物は特にそれがハッキリしている。槍をぶん回すと、冷えた空気を切っ先で切り裂くような、鋭くも重い音がした。

「呑み取るほどに、呑むならばー」

何気なく口ずさむ歌すら冴えた刃物になるような、そういう不思議な感覚があった。
季節が異なるだけで、空気の違いがこれだけ骨身に染みようとは。

「これぞまことの、黒田武士ー……」

息が少しだけ白くなって、すぐに宙へ溶けていく。

この時代へやってきて、幾度か前の主の紋が染め抜かれた旗印を見かけた。
長政も、正則も。この冬の大戦に参加できずに終わったが、その子らは参陣している。
歴史を守るとは、つまりそういう彼らの今を守ることにも繋がっていくのだ。彼らが槍を振るう、そのすぐそばで自身も槍を振るいながら、ふいにそういう気づきが胸に落ちてくる。
俺達には「歴史を守る」という、大それていて、なおかつ大雑把な使命が課せられている。
けれど、そういうどこまでも必死で悲痛な人間の願いが、自分らにしか叶えられぬものなのだとしたら。

「やってやるさ、何度でも」


◎本丸運営八日目
「タイムイズハーツ」

執務室前の中庭で、この間植えたばかりの梅に水をやる。
主(というかインターネット)曰く、ある程度成長するまではたっぷり水をやっていいらしい。
手桶に汲んだ水を柄杓ですくって、幹のあたりに撒いてやった。

「なあ、主」
「ん?」

執務室で文机に向かいながら何やら紙の束をめくっていた主が、明るい瞳をこちらに向けた。

「ここに集まる連中について、どう思う」

言わんとしていることがいまいち掴めない、とでも言いたげに、主は目を丸くしながら体ごとこちらを向いた。

「写しであることにこだわる山姥切国広。驚きを求める鶴丸国永。医術に心得のある薬研藤四郎。どいつにもそれぞれに個性がある」
「うん、日本号は顕現した時から酒が好きだしね」
「ああ」

主の何気ない言葉に頷く。やはり自分といえば酒であるのだ。「呑み取りの槍」として、今ここに姿を現す自分。

「少しずつ刀も増えてきたろ。それぞれ姿形も中身も違えのは何つうか、面白えよなー……って、まあそれだけの話なんだがな」

改まって話すのも何となく気恥ずかしいような気がして、語尾を濁しながら再び柄杓で水を掬う。

ここにいる連中は皆、人の身を得ている。人の身を得ただけではなく、それぞれがやはり人間のように個性を持っている。その不思議について、少しだけ話をしてみたくなった、ただそれだけのことだった。

「例えばだけどさ」

言いながら、主は手にしていた紙の束の端をきれいに整え机上に置き、中庭に面した縁側まで寄ってきた。そこから、足を外に投げ出すようにして腰かける。

「人間の命……人生って、人が生まれた、その時点から始まるでしょ?」
「ああ」
「人は生まれた瞬間から時間を積み重ねていく。生きている今という時間が積み重なっていって、それを人生と呼ぶ」
「人生、ねえ」
「うん。つまり、時間っていうのは端的に言ってしまえば命そのものということになるんじゃないかって思うんだよね」

ちょっと重い一言を、あくまで何でもないことのように言う主は、まだ背の低い梅の木をぼんやり眺めながら手を組み、そこに顎をのせた。

「ううんと、だから、つまり……刀剣男士っていう存在も同じだと思うんだよね」
「時間が命になるってのは……ああ、つまり歴史が俺らに身体を与えたってことか?」
「うん、そう。人と君らとじゃスケールが全然違うけどね」
「スケール」
「あ、ごめん、規模ってこと。話の規模がさ。俺たち人間は生まれた瞬間から時間を積み重ねて、自分という命を育てていかなきゃいけないけど、君らは物として生まれてから積み重ねた時間を命の源として、今ここにいるんじゃないか……ってね、俺は思うな〜」

わざとらしく言葉尻を間延びさせながらへらへらと頬を掻く主もまた、改まった話をするのは変な気恥ずかしさがあるのかもしれない。

時間とは命であり、歴史とは時間の積み重ねである。つまり、今の話から考えてみれば、無数の命が折り重なってできたのが歴史ということだ。
歴史を捻じ曲げようという輩に立ち向かうのは、この世界で生まれ、この世界で時間を積み重ねたものである必要があるのだろう。
柄杓で掬ったままにしていた水を梅に与えてやりながら、ふと、こいつもいずれ時間を命として花を咲かすのだろうか、と思った。時間の中で手間をかけてやって、やっと花を咲かせる。
そういうものを待ち遠しいと思う時間もまた、命の一部となっていくのだろう。