拝啓

盆を過ぎてからあんたにこんな手紙を書くなんざ、ちゃんちゃらおかしな話なんだと思う。
せめてあんたがこの世に戻ってきてるって時に書くべきだったのかもしれないと、分かっていながら筆を走らせている。
それに、俺たち本丸の連中があんたを迎えるわけにはいかなかったしな。
あんたにはあんたの帰る場所がある。
家族が待っている場所へ、帰るのが筋だと分かっていたから。
だからこうして出しもしない、届くわけのない手紙を書いている。その女々しさを、どうか許してほしい。
こんな、宛てる先のない手紙を書くことに、それでも俺は意味があると思っている。

あんたに人の身をもらった時、俺は心の底から嬉しかった。
人に愛され、その愛のおかげでこの世にあり続けられた俺が、人の身を得るような日が来るなんざ思っちゃいなかったから。

一番でかかったのはやっぱり酒だなぁ。
酒が飲めるようになって、それに溺れちまう人間の気持ちが分からなくもなかった。それくらい、あんたと、他の連中と共に酌み交わした酒は美味かった。
だからこそ、俺ぁ自分の主が二度と福島みたいな馬鹿をやらないようにと思って、あんたに言ったな。
酒は好きに飲めばいいんだ、ウワバミと一緒に飲むときは、相手の空気に飲まれないようにしろ、と。
そういうことを話した時、あんたは心底感心したように『日本号はただの酒好きじゃないんだなぁ』とか、ぬかしてた。
正三位にもなるとそんじょそこらの飲んだくれとはワケが違うんだよ、なんてことを返した覚えがある。

ずっと共に過ごすうちに、あんたも酒好きだがハメ外すようなタチじゃねえと分かった。
ホッとしたよ、正直。
この分なら、あんたについていっても大丈夫だろうと思った。
おんなじように酒好きで、だが酒の飲み方を弁えている主。
恵まれていると思ったよ、運がいいと思った。
もらった体は酒がたっぷり飲み込める体躯で、おまけに戦働きも申し分無く出来たし、さらに主にも恵まれた。

正直なところ、あんたが主になって初めの数年はいつまで続くもんかなと思っていたよ。これだけの刀が集まる場所だ、相当の胆力と体力がなきゃ持たんだろう、と。
だが、結果としてあんたは20年間、俺たちの主でいてくれた。
人の身を得てからの20年だ、数百年この世にあり続けた俺たちからしても、短いようで長い年月だったんだと思う。

だからかな、あんたが白髪になるまでを見届けてやれるような気になっていた。それまでに機会がありゃあ修行にでも何でも、暇つぶし程度に行ってみたっていいかと思っていた。

俺も大概、馬鹿だったと思うよ。

人間の体がどれだけ脆いか、頭では分かったつもりでいた。が、改めてそういう現実を突きつけられて、呆然とした、そういう自分自身にも驚いた。

いつか、長谷部とも話したことがある。
付喪神にとっての「あの世」の話。
人間ってえのは不思議なもんで、信じるものが違えば死後に向かう場所も違う。人間は遥か昔からそんな不確かなものを糧にして生き、戦い、死んでいった。だから身内同士で同じもんを信じたり、身内に自分の信じるものの訓えを説いたりするんだろうなぁ。
何があろうと、最後に同じ場所にいければそれが救いになると思って。そこでまた出会えることを願い、祈り、信じて。
結局、生命が有限であるからこそ、終わりを迎えた後の「あの世」という概念が生み出されたのだろう。それはきっと、どんな宗派にも共通することだ。

俺たちにはあの世がない。
だというのに命だけを与えられちまったことは、ほんの少しだけ不幸だと思う。
俺たちに信じられるものがあるとしたら、それは持ち主である主、本丸という場所、そこにある確かな存在の数々だ。
自分の最期を決めらずとも、信じられるものがあるというのは、多大な幸運だと思う。

俺たちにとってのもう一つの幸運は、あんたの娘が主になってくれたことだ。
本丸中の誰もかれもが途方に暮れていた時、新たな主が来るという話が持ち上がって、少なくともここで築いた俺たちの時間は止まらずに済むと分かった。
あんたの娘がやってきて、本丸そのものが息を吹き返したような気がした。
順風満帆でなくとも、あいつが来たからこそ時間が動いた。
それは本丸全体にも言えるし、俺自身にも言える。

俺があいつの元で修行に出ることを決めたと話したら、あんたはどんな顔をするだろうなぁ。
もう、修行に出て二日目になる。
太兵衛に会った。相も変わらず頑固で、人の話を聞かない奴だった。
だがその分、主君に対する忠義の厚い男だ。
あいつにまた会うことがあったら、その時はちっとは話を聞いてみるのも悪くないかもしれないと思っている。
あんたが生きている間に聞けなかったことを聞いてみたりするのも、悪くないかもしれない。せっかく口の聞ける体があるんだしな、物だった頃の主に生きた言葉を聞けるってのは面白い話だ。

しかし、ここまで書いてみて改めて思うが、人間の死だとかいう当たり前の現象に動揺したことも、それを想定もせずに修行を先延ばしにした呑気さも含め、俺はやっぱり馬鹿だったと思う。
だが、あんたが俺にそういう気負いをさせないでいてくれたから、俺は今あいつのために修行に出られている。
そういう偶然ごと、あんたがくれた贈り物だと思うことにして、まぁせいぜい何事か得るために動いてみることにするさ。

あんたのことを最後に「主」と呼んだ日から、随分時間が経っちまった気がする。
もう、これからあんたのことをそう呼ぶことは無い。今後一切だ。
元の主、前任。
そういう呼び方をするべきところへ、あんたはいっちまったから。
なぁ、だからこの呼び名は、ここへしたためて、それで終わりにしようと思う。

主、ありがとう。俺に体をくれて。

天下三槍が一本、日本号。
この恩を仇で返すことだけは決して致さぬこと、ここに誓おう。

「また今度」は無いからな、最後に一つだけ。
あんたが正しく、あんたの信じるところに向かえていることを祈っている。御魂が安らかならんことを。

敬具