※流血・戦闘描写あり

さて、こちら林の外の待機部隊。
身を捩らせながら林から飛び出してきた敵短刀を、隣に並び立つ日本号が串刺しにした。

「おー、案外上手いこといくもんだなぁ、っと!」

作戦は上手いこといってはいるが、余裕かまして喋っている暇は無いらしい。敵太刀が目前にまで迫ってきていた。
図体のデカイ敵がぶん回すそれを得物で受け止め、軽く跳ね返しつつ素早く喉元を二度突いた。

「やるねぇ、さすが修行に出ただけのことはある」
「まーな! オレの活躍、サマんなってたろ?」

に、と歯を見せて笑いながら、再び来るかもしれない敵に備えるべく額の汗を拭う。
すぐ背後に広がる谷から吹き上がってくる秋風は冷たく、汗をそのままにしていると寒いくらいだった。
本丸は夏、出陣先は秋。
こういう気温差は案外身に堪えるものだ。体が無駄に冷えないよう、軽く屈伸運動をした。

「なあ、日本号はよぉ」
「ん?」

ふと思い立って、隣で伸びなんかしている日本号へ語りかける。

「何で陸奥守がここまでこの任務にこだわってると思う」
「あー……ま、初めての重要な任務で隊長だしなぁ。気張ってるってのもあるだろうし、主のためってのも本音だと思うぜ」
「だよなぁ。でも……あ?」

でも俺は、と言いかけて、しかし林のほうから聞こえてきたような気がする呻き声に意識を持っていかれる。
かと思うと、木の葉や草が荒々しく擦れる音と共に、何かが飛び出して、いや、吹っ飛ばされてきた。その正体に、思わず声がひっくり返る。

「て、陸奥守!? お前何してんだ、大丈夫か!」

地面に打ちつけたらしい腰をさすりながら、陸奥守は「めったぁ……」と軽く呟きつつ体を起こした。

「あー……ちっくとのうが悪いき、後ろに下がっちょったんじゃが、どうも分が悪い相手と打ち合いになってしもうて……」
「むっちゃんよ、下がってな」

日本号は、陸奥守と、駆け寄った和泉守の両者を背にして、陸奥守を追ってやってきた脇差と対峙した。
首でも落とそうとしたのだろうか、日本号の横っ面めがけて飛びかかってきたそれを柄で薙ぎ払い、体勢の崩れたところを一突きした。

「おん……さっすがじゃのう」
「ま、位持ちだしなぁ。当然よ」

自分が苦戦した相手が目の前でしおしおと崩れ去っていくのを、陸奥守は目をまん丸くしながら見送った。

「で、むっちゃん。敵の数はどうだ。あとどれくらいだ?」
「ほうじゃの……もう半数以下ほどで終いじゃろう。もともと相手も少数じゃったようやき」
「そりゃそうか、向こうも作戦が作戦だしな。こっちの目的も隠密だが向こうの目的も暗躍だ、大勢で動けば何かしらの綻びが生じるだろうしなぁ。少数対少数。強いほうが勝つ……まぁシンプルだ。分かりやすくて良い」

日本号の言う通りだ、分かりやすい。
数は向こうのほうが多いにしても、いつも相手にしている軍勢に比べれば断然少ないほうだ。ただ、相手はあくまで少数『精鋭』なのだろう、陸奥守が押されていたところを見ても、そこそこの実力があるように見受けられる。林の中で暴れている自軍の様子も気になるところだ。
それに、懸念すべき点はまだある。
今回は任務の内容が特殊であっただけで、ここは普段から遡行軍が頻繁に出没している時代、場所である。つまり、幾度となく歴史への干渉がなされている。
もし、林の中と外とで兵力が分断されている今、めんどくせーのが来ちまったら。こっちには手負いの陸奥守がいる。不利な戦いになるのは目に見えている。
あれこれ考えを巡らせる和泉守の視界の端で、何かが光った。

「っおい!! 来たぞ!」

考えることばかりに気を取られ、背後に回り込んでいた敵の気配を覚れなかった。

「苦無!!」
「まぁた厄介なのが……」
「おい、林からも来てんぞ!」

林を抜けてきたらしい打刀二振り、短刀一振りが、一瞬の迷いもなくこちらに突っ込んでくる。さすがに命を捨てた連中らしい特攻だ。

「なんて感心してる場合じゃねーか!」

正面から打ち込もうとしてきた敵の鼻っ柱を鞘で殴りつけつつ、脇から斬りつけてきたヤツを自身で受け止めた。力任せに圧してくる相手をこれまた力任せに跳ね除け、顔面を殴られて蹲っていたほうの奴にトドメを刺した。さぁて、もう一振り。
苦無のほうも気になるが、と崖側のほうを横目でチラ見する。
陸奥守と日本号が短刀、苦無を相手にしているようだが、正直苦無に槍じゃ分が悪い。
槍ってのは間合いが鍵となる。体躯のいい槍や大太刀の懐に容易く飛び込むことができる苦無は、どの刀種にとっても厄介だが、特に間合いを命とする武器にとってはこの上なくやりにくい相手だろう。
頼むぜ陸奥守、苦無相手にゃお前の銃が希望だ。
口には出さず、和泉守は自分が相対する敵に向け、改めて刀を構える。

「へへっ、五稜郭みたいにはいかねえぜ! そら、来なァ!」

鋒を挑発的にクイクイと動かせば、相手は餌に食いついた魚のように釣り上げられ、こちらに突進してくる。
そうだ、そのままこっちに打ち込んでこい。
挑発された相手は得てして隙があるもんだ。その隙を、文字通り突いてやろうじゃねえか。

が、和泉守の思惑は外れる。
こちらに集中しているとばかり思っていた敵は、不意に体の向きを90度変えた。
かと思うと、片手で握り込んだ自身の得物を思い切り振りかぶり、槍投げでもするみたいな鋭い勢いで崖のほうへぶん投げた。

「ああ!? てめえ何して……」

もはや自分の目的のためならてめえ自身すら放っちまうってえのかよ。
血の気が引く思いで、慌てて崖のほうへ叫ぶ。

「おい日本号、後ろだ!!」
「あ!?」

こちらの声に振り返った日本号は、寸手のところで敵の放った刀を弾いた。ほっと息を吐こうとした矢先、苦無と短刀が日本号の隙を突こうと二方向から突進しているのが目に入る。

「よお狙って……ばん!!」

陸奥守が二丁の拳銃を同時にぶっ放した銃声が辺りにこだました。
一発は短刀の体を打ち砕き、その身は宙で散っていった。相手にもそれなりにダメージが蓄積されていたらしい。

苦無にも弾は当たっていた。
はずだった。
にもかかわらず、そいつは軌道がほんの少しズレただけで、勢いはそのまま衰えることはなかった。
日本号は柄を短く握り込み、相手との打ち合いに持っていこうとした。が、それすらも読んでいたのか、苦無はすり抜けざまにその脇腹を裂きながら、再び宙へと舞い上がっていった。

「日本号!!!」
「おっと、肝心なところで足が縺れちまった……」
「おい、後ろぉ!!」

息つく間もなく、不気味に青黒い閃光とともに、それは現れた。

「検非違使……!!」

いかにも辛気臭い空気を纏い、雁首揃えた連中は、手始めに手負いのやつからやっちまおうとでもいうのか、日本号、そして陸奥守を崖側へ追い詰めるように陣を組んだ。

「この野郎……!! って、何しやがる!!」

ついさっき、得物を失ったはずの敵に蹴り飛ばされ、地面に倒れ伏した。そのまま馬乗りされ、身動きが取れなくなる。
マジの捨て鉢じゃねえか、どこの刀だ、薩摩か。
どけクソが!! などと悪態を吐こうとしたが、鞘を頭上に振り上げられ、それも喉の奥へ引っ込んだ。

「ちっきしょう……!!」

ぶん殴ってやる。
拳を握り込んだ時、そいつの首だけがスパン、と綺麗に飛んでいった。
検非違使、大太刀である。

「おーおー、検非違使くんもやるじゃねえか!」

続けざまにこちらへ刃を振り上げる大太刀の脇腹を掻っ捌きつつ、崖のほうへ駆ける。

「おい、無事かぁ!?」

駆けながら呼びかけるが、返事が無い。代わりに聞き慣れた声が呻くのだけが何度も聞こえる。
軽傷だった陸奥守、おそらく中傷の日本号。押され気味なのは当たり前だろう。
敵を何とか捌きつつ進むと、検非違使軍の隙間からかろうじて二振りの姿が見えた。あちこち血と汗と土に塗れながら、何とか踏ん張っているらしい。
耐えろ、いずれ検非違使の気配を察知した今剣たちが来るはずだ。
口の中で唱えながら、検非違使の攻撃を躱しつつ、二振りの様子を窺いつつ足を前へ進めようとする。
が、やはり数が多い。

「ちっ……」

舌打ちしつつ額から目元へ流れそうになった汗を拭う。その刹那、崖の向こう側で何かが光った気がした。
嫌な予感がした。

「あれは」

喉が切れそうな呼吸をする陸奥守の元へ突進していくのは。

「陸奥守、苦無だ! 崖ェ!!」

一瞬、反応の遅かった陸奥守より先に動いたのは日本号だった。
日本号の切っ先が苦無をとらえるのと、それは同時だった。

「日本号!!!」

薙刀が、日本号の背後からその体をなぎ払った。

日本号の足が地面から離れる。
命を失った苦無が身をボロボロと崩しながら死んでいく。
それを見届けた日本号の口の端が、ほんの少しだけ上がった。
全部がコマ送りのように見えた。

「日本号、手ぇ……!」
「は……おい!!!」

ほとんど身投げでもするような体制で手を伸ばそうとした陸奥守のもとへ全速力で駆け抜け、その首根っこを掴み、引き戻した。
乱れ続ける呼吸を整えもせず、崖下を覗く。黒い影が身動ぎするのが見えた。
日本号は生きている。生きてはいる。

「馬鹿野郎、テメーまで落ちたらどうすんだ!!」

肺が爆発しそうなくらい声を張ったが、陸奥守は力なく地面に座り込んだまま目を見開き、呆然としている。

「おい、何事だ!」

よく通る長谷部の声に振り返ると、今剣と不動も一緒なようで、全員傷は浅いように見受けられる。

「日本号が落ちた、おそらくもう重傷だ!!」
「何!?」
「まずはこいつら何とかしねえと……!」

話しつつ、陸奥守を庇いつつ、四方八方から打ち込まれる連撃をいなすのはもういい加減ギリギリだった。

「あ、おいテメェ!!」

検非違使のうち、槍一体が崖下に目をつけ、飛び込んでいった。

「らああああ!!!」

聞いたこともないような甲高い雄叫びとともに突っ込んでいったのは不動だった。
ほとんど空中に飛び出しながら槍の首に刀を突き倒したが、そのままバランス感覚を失った不動は、声にならない悲鳴とともに崖下へ落ちていった。

「不動、おい無事か!」

血の気が引いた顔で駆けつけた長谷部が崖下を覗いた。

「俺は大丈夫! けど号ちゃんが……!!」

今にも崩れ落ちそうな涙声を返された長谷部は、食いしばる歯の隙間から地獄の蓋でも開きそうな舌打ちをした。

「不動、お前はそこにいろ! 日本号は重傷だ、お前、何とかして血を止められるか!!」

長谷部からの指令に対して、今度は自信なさげな「分かった」という声が、谷の底から辛うじて聞こえてきた。

今剣が飛び跳ねながら敵を蹂躙している。
長谷部が迷いのない剣筋で刀を振るっている。
陸奥守を守った日本号、日本号を守るために飛び出した不動。

だというのに、テメエは何だ。

「おい、立たねーか!!」

未だに呆け続けている陸奥守の胸ぐらを掴み上げ、ほとんど無理やり立ち上がらせた。

「オレたちゃあこの体のおかげでちったぁ自由が効いてるがな、立ち止まって進むことやめたらそこで終いなんだよ……あっという間に物言わぬ無機物に逆戻りだ! 隊長がそうなりゃみーんな巻き添えだ! 分かるか!?」

ぽっかり開いた口からは、返事は返ってこなかった。ただ、見開かれた瞳だけがわずかに揺れ動いた。

「……お前、遡行軍の目的を止めたいんだろ」
「何……」

手を離し、荒れていた呼吸を抑えながら襟元を正した。

「今剣から、奴らの目的が菊池の一党を闇に紛れて『暗殺』することだって聞いた時、お前の目が明らかに変わってた……理由がなんだろーが、意地でも連中を止めたかったんだろ」

やっと自分の足で地面に立った陸奥守が、唇を血が出そうなくらい強く噛んだ。

暗殺を止める。
刀剣『陸奥守吉行』がやれなかったこと。

「やれなかった後悔なんてのはな、どう生きたって結局、一生付き纏うんだよ」

後悔という感情の重さに潰されそうになったことは、きっと本丸に集った連中全員が経験している。それは人間も同じで、けれどその後悔すらも『正しい歴史』なのである。
消化することができなかった情ごと、まるごと全て守ること。それが歴史を守るということ。
どれだけ辛かろうが、そういうもん全部ひっくるめて愛することが、歴史を守るということだ。

「立ち止まるくらいなら、全部やり尽くしてからにしろ」

なあ、お前は今、苦しいだろう。
自分の判断が正しかったのか、分からず悔いている。
けど、なぁ。

「陸奥守」

大太刀の攻撃を受け止めながら、長谷部は陸奥守に呼びかけた。

「俺たちを、侮るな……!」

言葉通りに相手を斬り伏せつつ、次から次へと打ち込んでくる検非違使の攻撃を再び受け止めた。

「……自分を、侮るな」

鬼神みたいな形相で歯を食いしばる長谷部は、それでも言わなければならない最後の一言を添えた。

「迷うなら、お前を選んだ主を信じろ」

それだけ言って、打ち込んできた全員を元気に跳ね除けた長谷部は「というか和泉守、お前も此奴らの片付けを手伝え!!」とギャンギャン叫びながらギャグみたいに目を吊り上げた。
陸奥守はしばらく地面を睨みつけたまま首を垂れていたが、ややあって、唐突に自身の柄頭に頭突きをかました。

「えっちょっ、何してんのお前……」
「気合入れちょる!!」

今の今まで死にそうな面をしていた奴とは思えないような声を上げ、額の一点を赤くした陸奥守は声のボリュームをさらにもう一段階上げた。

「今剣、まだ遡行軍はおるがか!」
「はい! あとすうふりでしたが……」
「気配は辿れるか!」
「ぼくにできないことなんてありません」
「よっし……!! 今剣はわしと一緒に来とおせ、残りの遡行軍を討つ!」
「はい!」
「和泉守と長谷部は検非違使を頼むき!」
「おう、任せな!」
「ああ。陸奥守、今剣! 遡行軍を倒したらここへ戻ってこい!」

駆け出した陸奥守と今剣を追いかけようとする検非違使に足を引っ掛け、すっ転ばせた。

「おいおい、俺を無視しようってかァ!? そうはいかねーよぉ!」
「貴様ら全員、ここで終いだ」

二振りが駆けていく気配を背後に感じながら、長谷部と共に刀を構える。

「さぁ、いっちょやってやろうじゃねーか!」