「お前はまだ練度が低いからな」と、和泉守から何気なく言われた一言が、喉に刺さった魚の小骨みたいにすんなり流れていかなかった。

刀剣男士としての、戦道具としての話であると共に、心のことでもあるような気がした。
新撰組の刀に自分の胸のうちを明かさないまま、表面上を取り繕いながら、小さく焦り続けている自分はおそらく、和泉守の言う通り心の練度が足りないのだろう。



主から『特殊任務』の話があったのが、7月の中頃のことだった。
それから数日後にこんのすけから出陣先の具体的な時代、場所が告げられ、それを元に編成を組んでいった。

特殊任務部隊編成
隊長、
陸奥守吉行

以下、
今剣・極
へし切長谷部
日本号
不動行光
和泉守兼定・極

出陣先は文永11年10月15日。
いわゆる『元寇』真っ只中の博多湾「付近」への出陣である。

「付近て! こりゃまた曖昧じゃのう」
「これでも大分絞れたほうらしいけどね……」

ここからが腕の見せ所ですとか言われたよ……とボヤきつつ、主は乾いた笑いをこぼした。

「改めて、今回言い渡された任務を伝えますね。以下原文ママです。ええと、『文永11年10月15日、博多湾付近にて時間遡行軍に不審な動き有り。動向探られたし』と……以上です」
「あーうん、お上らしいっちゃらしいなぁ」

主が放つ「何か一言言いたげなオーラ」を汲み取ったみたいに、日本号がこれまた乾いた笑い混じりに口を挟んだ。
まあまあざっくりとした下し文であるが、自分や不動以外はアッサリ受け入れているらしく、文句らしい文句は出てこなかった。
その代わりというか何というか、出陣メンバーを前にした主は不満げに目を据わらせている。

「もっとこう、何をどうすればいいのか言ってもらえるものかと思ったんですけど……つまり私たちは遡行軍の目的を探れば良いんですか? 敵を発見次第討つべきでしょうか? って聞いたらそれも現場に任せるって言うし……確かに事件は会議室じゃなくて現場で起きてるっていうけどじゃあ会議室ではせめて事務的な面をもっと詰めてほしいっていうか……」
「お〜愚痴っぽいなぁ、酒なら付き合うぜ」
「……それは、これが片付いた後ですね」

ぐぬぬ、と握り拳をつくってまでボヤく主は、日本号がいちいち入れる茶々に律儀に返し、浅いため息を一つ吐いてから、丸まりかけていた背筋を伸ばした。
主と日本号とのやりとりをすぐ横で聞いていた長谷部が、眉を八の字にしながら小さく笑うのが見える。

「ですが、現場に行ける俺たちにしか下せない判断もあります。現場に任せる、というのはそういう意味合いもあるのでしょう」
「あるじさまは、おおぶねにのったつもりでどーんとかまえていてくださってだいじょーぶですよ!」
「……うん、ありがとう」

長谷部と今剣の言葉に、主はほっと息をつき、ようやく眉間の皺を緩くした。

「それで、今回の出陣先と時代からして、敵の目的は元寇……つまり蒙古と日本の戦いに関わる何かである可能性が高いです」

少しだけ元気を取り戻したような声で言いながら、主は部隊全体を見回した。

「そこで、今回の任務は、当時をよく知る今剣、土地勘のある長谷部さんと日本号さんを中心に動いていただきます。隊長はむっちゃん。それから不動くん。二振りは……私も含めてですが、こういう特殊な出陣は初めてなので、皆さんのお力をお借りしたく存じます」

主は「よろしくお願いします」と、仰々しいくらいに腰の入った一礼をした。プレッシャーに負けまいと気を張っているのが、どことなく伝わってくるようだ。

「ほんで主、どういてこのメンツに和泉守がおるがか?」

隊長として自分も気張らねばなるまい、と思う反面で引っかかっていることを、陸奥守は尋ねずにはいられなかった。
挙手をして問えば、真っ先に眉をひそめたのは和泉守だった。

「おいおい、俺がいちゃいけねーみたいな言い草じゃねーかぁ?」
「うんにゃ、そうは言うとらん。ただ、わしら5振りには理由があるけんど、和泉守がおるがは何でじゃろうなぁち、ちっくと気になっただけじゃ」
「和泉守さんは、特に臨機応変な戦い方動き方が出来る刀だと思うので、こういう指示の曖昧な指令への出陣にはうってつけかと思って。そういう理由あっての人員配置です」

理由なく部隊を組みはしません、と主はきっぱりと言い切った。
が、何となくそれ以外の理由も隠されているような気がしている。自分と和泉守との手合わせの様子をわざわざ見に来た主の、その思惑は多分ごくシンプルだ。
そこにどんな思惑があろうと、何にしても。
兎にも角にも与えられた任務を熟す。ずっと共に走ってきた主にとって、分岐点となるであろうこの任務を、一つも間違えず達成する。
自分にとっては、きっとそれが全てだ。



さて、7月の末日、特殊任務決行日。
出陣先は文永11年10月15日。

林の一角で固まる打刀三振りと槍の元に、短刀二振りが木々の合間を軽々とすり抜けながら舞い戻ってきた。

「遡行軍は俺たちと同じように、林の中に身を隠してる。それと……狙いも分かった」
「へぇっ? もう奴らの目的が知れたがか?」

それでは、もう任務は終いではないか?
思わず声を裏返しながら言うと、不動自身もどこか煮え切らないような顔で頷いた。

「そこうぐんのもくてきは、ひごのきくちをあんさつすることです」

肥後の菊池。
暗殺。
息を飲んだ陸奥守の横で、すぐさま反応を返したのは長谷部だった。

「肥後の菊池氏か」
「はい。そのきくちをやみにまぎれてあんさつして、もうこぐんのあとおしをするのがれんちゅうのもくてきみたいです」
「……厄介だな」
「なあ、菊池ってそんな有名なヤツなのかよぉ」

不動が口にした疑問に、長谷部は眉間に寄せた皺をそのままに答える。

「菊池氏は、鎌倉期に阿蘇氏と並び肥後国で活躍した一族だ。この元軍との戦でも、当主である菊池武房は元軍に乗っ取られた赤坂山を取り返すため真っ先に動き、元軍を退けている。とはいえ、一族は16世期初頭に滅亡するがな」
「へ〜」
「それから、刀工・同田貫正国へと繋がる延寿派を抱えていた。延寿無くして同田貫は無い」

円を作って顔を突き合わせる、その全員が息を飲む気配がした。菊池氏の存亡は同田貫の流れに影響しかねないということだと、一同が瞬時に理解したのだ。
つまり、遡行軍がやろうとしていることは2つ。
歴史の改変、それから、刀剣男士という邪魔者の、根本からの排除。
事態の重さに比例するみたいに重くなった空気が、全員の頭のてっぺんにのしかかり、揃いも揃って地面とにらめっこ状態になった。

「……きくちがいなくなるだけで、れきしにはおおきなひびがはいるんです」
「そうだ。不動、人物の大小で事を考えるな。歴史とは人が作るものだ。人は人から生まれ、そこから各々が時間を積み重ね、それが歴史となる」

長谷部がいちいち教え諭すような言い方をするためか、不動は不満げに唇を尖らせながら長谷部の視線から逃れるように顔を真横へ逸らす。
その様子に苦笑しながら、日本号は長谷部から受け取ったバトンを繋ぐみたいに話を続けた。

「歴史ってのはな、人の命が折り重なって出来た礎だ。生まれた瞬間から人は人に出会っちまってる。つまり、だ。歴史に影響を与えない人間なんて一人たりともいねぇのさ」

なおもナナメな機嫌はそのままに「……へーい」とだけ言って、不動は叱られた子供みたいに肩をすくめた。
日本号は気を取り直すみたいに、両の手のひらを軽く叩き合わせる。

「で、だ。その上、今回の相手は生きた人間に直接手を下そうとしているときた。連中はおそらく遡行軍の中でも過激派だ」
「過激派いうがは……何じゃ」
「遡行軍ってのも一枚岩じゃねぇんだ。検非違使を警戒した上で、あくまで自分たちは人間に手を下さず、人間の心に取り入ることで在らぬ殺し合いを引き起こし歴史を変えようとするのが保守派。今回みたいに、そんなもんお構い無しで直に人間を殺戮しようとするのが過激派だ」
「過激派ってーのも、無鉄砲向こう見ずだが馬鹿じゃあねぇ。だからこそ強い」

日本号の言葉を受けた和泉守が、語尾を強めながら眉間に寄っていた皺をさらに深くした。

「死の先に守るべきものがある連中ってのは捨て鉢になる。死を恐れない奴の強さは尋常じゃあない」

日本号は忌々しげに表情を歪めながら、吐き捨てるように言った。

「とにかく! 俺たちだけで下手に動くのは危険だ」

断定的な言い方をして、長谷部は手のひらで膝を叩いた。

「一度帰陣するべきだろう。検非違使も危惧しなければならないし、連中の目的は知れたんだ」
「うんにゃ」

長谷部の言葉に被せるように声を上げた陸奥守は、長谷部や日本号のほうへ集中していた一同の視線が自分へ向けられるのを感じ、地面に伏せていた視線をゆっくりと持ち上げた。

「奴らの隙をつくなら、今ぜよ」

長谷部がわずかに目を見開くのが目に入ったが、見なかったことにして言葉を続けた。

「奴らの目的が夜襲じゃ言うなら、隙をつくんなら、まだ日の高い今じゃ」
「待て、俺は反対だ」

食い気味に焦った声を上げたのは和泉守だった。

「遡行軍の連中が潜んでたのは林の中だって不動も言ってたろ? こっちは短刀二振り、打刀三振りに槍一本だ、分が悪いだろーが」
「なんじゃおんし、臆しちょるがか?」
「はあ!?」

和泉守は、こちらのたった一言で一気に沸点を通り越したような声を上げる。前のめりになりながら、それでも精一杯怒りを抑え込むように言葉を続けた。

「ちげーよ、冷静に戦況を見りゃ分かることだろうが」
「ここで引くがか? 敵の気が変わって、わしらが撤退してすぐ菊池一派が狙われたらどうする」
「あのなぁ、今回の件は同田貫の存亡にも関わるんだぞ、よく考えて物言え!!」
「こん任務は本丸や主の未来がかかっちゅうがや、よー考えるがはおんしじゃろうが!」
「おいおい、ちっと落ち着け……」

日本号が手を伸ばしかけた、そのすぐ脇を白い影が走った。

「おふたりとも、じゃまです」
「うおっ!?」

もはや額が付きそうなくらいに食ってかからんとしていた陸奥守、和泉守、両者の間を引き裂きつつ、今剣はその奥の草陰に得物を突き立てた。
唖然とするばかりな一同を振り返りつつ、今剣は敵の残骸が刺さったままの刀を掲げて見せた。
が、それもすぐ砂のようになり、風に巻き上げられながら消えていってしまった。

「てきのていさつですね。ぼくにけはいをさとられずにちかづく……まるでくさのもの、ですよ」
「忍び……苦無か」

片手で頭を抱えながら、長谷部が呻いた。

「苦無がいるならなおさら分が悪いな……」
「……だが、偵察が戻らなけりゃあ連中は何かしらの異変を悟るだろうな」

髭の感触でも確かめるみたいに顎を撫でていた日本号は、不意に挑発的な感じで口の端を上げた。

「そうなる前に仕掛けるべきだろ」

日本号から「なあ陸奥守」と続けて呼びかけられ、顔中に晴れやかな笑みが広がっていくのが自分でも分かった。

「しかたありませんよ、いくしかないです」
「あいつらが身を隠してる林、そばに拓けた丘があったよ。下は谷になってて、かなり遠いけど菊池が陣を張ってる蓑島が見えた。だからあいつら、あそこにいるんじゃないかな」

頬に小さく汗をかきつつも、自分の持てる情報すべてを広げて見せた不動の言葉に、陸奥守は大きく頷いた。

「よし、ほいじゃあ日本号と和泉守はその丘で待機しとおせ。林の中は他四振りで攻めるき。牽制しつつ、出来るだけ林の外の丘へ敵を押し出す。そこを日本号と和泉守で仕留める。林の中の主力は今剣、不動じゃ。わしは銃を使って射撃で援護するき。ほいで、長谷部は林の中で暴れて木ぃごと敵を圧し切っとおせ」
「おい、俺にだけ無茶ぶりをするな」
「ったく、しゃーねぇなあ……」

もう後には引けないと分かっていながら「だー、もう」と天を仰ぎ、大口を開けた和泉守は、しかし反発する気は失せたらしく、気合を入れるように自身の両頬を手のひらで叩きつけた。

暗殺なんぞ、絶対にさせん。
許せん、絶対に許せん。
胸の底から溢れて止まらない怒りを抑えるため、頭を冷やそうと細く息を吐いた。

「さあ、戦の始まりじゃ」