「ねーえ〜主ぃ、アンタもちょっとくらい飲もうよぉ〜! 度数低めのも持ってきたんだからぁ!」
「いや、私いま今後出陣予定の時代についての勉強中ですし……というかまだお昼ですよ、お天道様が頭のてっぺんですよ」
「んも〜野暮!」

にべも無い!
さ〜今日もバッチリ酒の香りを身に纏って、次郎ちゃん参上! 甘ぁい香水やお香の香りも魅力的だけど、アタシはこの吟醸香さえあればもうそれでシアワセ。さらに誉の桜を身に纏えばあっという間に花見酒の香り! そ、つまりは香水いらず、つまりは節約倹約エコ最高ってワケ! ま〜偉い!

と。
さてこんな調子で黙っていても雄弁かつ華々しいオーラで場を賑やかす次郎太刀は、それでも多少の遠慮の意味も込めて部屋の外、縁側ででかでかとした酒器一式を広げていた。それに日本号ものっかっているので縁側は軽く宴会モードだ。
今、執務室に集ってる刀は近侍の不動、何でか日本号、それから何でか次郎太刀。まー分かりやすい飲みメンツである。
それもそのはず、近侍になってから一緒に飲むことが少なくなった不動を気遣っての集合だった。とはいえ主も不動を気遣って、7月以降は冷蔵庫に甘酒を常備しているらしく、なんやかんやで不動はいつも通り酔っ払っているようだった。

「って主? どっか行っちゃうのー?」

文机に向かいながら煮詰まっていたらしい主がおもむろに腰を上げた気配を感じ、そちらを振り仰ぐと、主はちょっとだけ困ったような感じの笑顔を浮かべた。

「あ、はい。この部屋ちょっとお酒臭いので……」
「まぁ昼間っから酒気帯び野郎三人いたらそうなるわな」

頬を引きつらせながら小さな杯を傾けた日本号は「主に次郎太刀」といらん一言を付け足した。イヤお互い様でしょーがと食ってかかろうとしたところで、主がタイミングを見計らったみたいに、軽やかな笑い声を上げる。

「あはは、というのは冗談なんですけど。今日の手合わせの様子を見に行きたくて」
「ああ〜陸奥守と和泉守だったっけ?」
「そう、ちょっと気になるので」

頷きながら、主はそばに座していた不動の、ぶすくれたような上目遣いに苦笑しながら、部屋の隅の冷蔵庫を人差し指で指し示した。

「不動くん、まだ甘酒冷えてるからね。休憩お酒タイムでいいよ」
「そうかよ」
「うん。次郎ちゃんと日本号さんが飲みすぎないように見張っててね」

余計なお世話〜だの何だののブーイングを笑って受け流しながら、主はするりと部屋を出ていった。
その背中が見えなくなって、足音もすっかり遠のいた後。さーポン酒ちゃん二本目に突入、と次郎太刀が意気込んだところで、不動が重たそうに上唇を持ち上げた。

「次郎ちゃんも号ちゃんも……ありがとう」
「へ?」
「ほ?」

あまりにも唐突な「ありがとう」に、二振り揃って無意味な声を上げ、顔を見合わせた。

「急にどうしたのさ?」
「俺……」

膝の上で手を握りしめていた不動は、手をグーにしたまますっくと立ち上がって、冷蔵庫からカップ甘酒を一本取り出した。主が自分用以外に不動用として買ったものらしい。
手に収めたそれのフタを開けながら、不動は二振りが腰掛ける縁側のそばに腰を下ろした。

「俺、あの人と二人きりでずっといられる自信なかったから……」
「えー主と? そりゃまたど〜して」
「……二人きりになったら、言葉に困って余計なこと言いそうで。あんまり良くないこと言いそうだと思った。自分を否定する言葉であの人ごと否定しそうで」

不動の小さな手の中の甘酒が、ふわふわと不安げに白く揺れたのを見た二振りは、またも顔を見合わせる。
え、ていうかまたしても号ちゃんと目と目で通じ合っちゃったんだけど、ヤダ〜。

「ね、不動ちゃんはさぁ、どーして主を否定するようなことをしたくないのかって考えたことある?」
「え、別に、そんなの当たりま……」

予想外の問いかけだったのか、不動は言い淀みながら狼狽えるように視線を泳がせた。
「当たり前」と言おうとしたのだろう。けど、それを飲み込んだ。

でもさぁ、それってつまり、主を傷つけたくないってことでしょう? 不動ちゃんは結構、主のこと好きなんだと思う。それに本刃も気付いているけど、そういう感情を後ろめたく思ってるし、表にも出さないようにしてる。前の主を思うが故なんだろうねぇ。
そういう気持ちに本刃が気付いているなら外野がとやかく言うことも無いだろうけど、好意的に思う気持ちを後ろ手に隠し続けるっていうのはきっと、すごく気力体力を消耗することだと思う。
だってつまり、酒好きにとってみれば禁酒みたいなもんじゃない? そんなの辛すぎてアタシなら耐えられないわぁ…… 。不動ちゃんも、もっと自分に素直になれれば良いんだろうけど、何かきっかけでもあればいいよねぇ。日本酒一筋でありたい気持ちと焼酎の魅力に気づき始めたちょっぴり罪な気持ちを取り成すようなもん? イヤ何か違う?

「ま、酒と人とは違うだろうけどねぇ〜」
「え、何の話?」
「こっちの話! まーでも主はちゃあんと不動ちゃんのこと信頼してるように見えるけどねぇ。主だって、仮に不動ちゃんと多少言い合いしたところでそれが揺らぐようなタマじゃないって!」

ね!! と声のボリュームを一段階上げた次郎太刀に肩を叩かれた不動は、小さく「いて」と半笑いの声を上げた。

「アタシのことももーちょっと信頼してほしいわぁ。お酒のことでけっこ〜な回数叱られちゃってるもん」
「そりゃアンタの素行が悪ぃんだろ」
「うわ〜号ちゃんてば主からの信頼厚いからってヤな感じぃ」

んべ、と舌を出してやれば、号ちゃんはいかにも健康そうな歯を見せて、にひ、と笑った。ゴキゲンなオーラに満ちた顔で「まーな」と余裕の一言が返ってくる。まー腹立たしい。

「号ちゃんは……」

不動は不意に、俯きがちに小さな声をこぼした。が、呼びかけられた日本号から流れてきた視線を受け、すぐゆるやかに首を振った。

「いや、俺も号ちゃんや次郎ちゃんみたいになりたいなって……なれっこ無いだろうけどさ」
「俺らみたいに?」
「うん、強くなりたい。号ちゃんたちの心の強さは、明るい強さだから」

憧れるよ、としおらしく眉を下げた不動は、湿った空気を慌てて仕切り直すみたいな勢いで、右手に握り込んだ甘酒を煽った。

「ん〜でもねぇ不動ちゃん、アタシらには不動ちゃんみたいな繊細さは無いからさぁ。不動ちゃんには不動ちゃんの良さがあるじゃない?」
「んなことない、俺はダメダメだもん」
「けど、自分の言葉が相手を傷つけるかもしれないってコトに気づけてるじゃない? ちゃあんと成長できてるのさ、不動ちゃんも!」

ばちん、と音がしそうなウインクを投げかけられた不動は、眩しそうに瞬きを繰り返して、ほんの少しだけ口元を緩めた。

アタシたち刀も、人の身を得て成長ができるようになった。
もちろん、身体的な変化はほぼ無いに等しいけども、心ってもんを得たおかげで学ぶことができる。学んで考えて、より強くなれる。それってやっぱりスッゴイことじゃない? 生きとし生けるものに与えられた特権が、アタシたち刀に与えられてるっていう奇跡、どうせなら大事にしたいし、大事にしてほしいって思うのよ。

「さっき次郎太刀も言ってたがな」

杯の中身を一気に空にした日本号が細く息を吐いた。

「多少言葉の行き違いが起きたとしても主はちゃんと向き合ってくれるはずだ、と……まずお前さんから向こうを信じて、それで話をしてみりゃいいよ」

日本号は空になった杯に、すぐさま酒を注ぎ足した。満たされていくそれに視線を落としながら、目元を柔らかくした。

「相手を侮らない、相手を信じる、相手を知る、知ろうとする、知るために働きかける……人と相対する上で強くあるためにゃ、まずはこれに尽きるんじゃねぇか」

日本号の話を神妙な面持ちで聞いていた不動は、虫が鳴くみたいに小さな声で「うん……」と返した。
それから少し、何かを迷うように視線を小さな膝の上のほうへ泳がせ、おずおずと開けた口からぽつぽつと言葉をこぼし始めた。

「そういえば号ちゃん、前に俺に主をどう思ってるか聞いたことあったよね」
「ん? ああ」
「エッッッ何!? 恋バナ!?」
「違うよ」

すかさず二振りから鋭めなツッコミを食らった。いやん。だってアタシだけ何も分からないんだもん。

「あれもさ、俺にもっと人と向き合えってこと言いたかったのかなって、今ちょっと思ったよ」

不動ちゃんは眉を下げながら、優しげな笑みを浮かべた。こういうふとした瞬間の可愛らしさは、やっぱり短刀って感じがする。
機嫌良く甘酒を飲み進めていた不動ちゃんが、不意にちょっとだけ潜めた感じの声で話し始めた。

「あの時、俺も号ちゃんに同じこと聞いたよね」
「あ〜、そういやそうだったなぁ」

日本号は、半端な笑い方で随分と宙ぶらりんな答え方をした。
何が何やら分からないけど、とりあえず話を聞くことにする。

「号ちゃんは? 今もまだ分からないまま?」

今もまだ。ってことは、そのいつぞやの問答の、日本号の答えは「分からない」だったってことらしい。
さて今まさに同じ問いを受けた日本号はというと、杯を指に引っかけるみたいにしてゆらゆらと弄びながら、

「ま、正三位を従えてるわけだからな。そりゃまあ信頼してるよ」

とあくまで落ち着き払った声色で返した。

あ、はぐらかしたな。
というか、実際そう思ってるってところでホントのとこを隠した感が透けて見えちゃったかも。会話の流れを予測した上で用意された答えって、案外聞いてる側はそれに気付いちゃったりする。んで、そこから何となく違和感を垣間見ちゃったり。

ははぁ〜なるほど、意外に拗れてるのはこっちだったりするのかも? なんて憶測も無粋かなぁ? 号ちゃんがわりにしっかり主のこと見てるのは何とな〜く察してたけど、あらあらまあまあ。
にしても「どう思ってるか」に対する答えが「分からない」だったって、まーまー分かりやすい答えでもあるような気がするんだけど。特に号ちゃんみたいに基本歯切れが良いヤツの、そういう答え方ってさぁ。不動ちゃんも何となく気づいてるんじゃないの、これ。
実際のところどうなのか分かんないけど、なぁんかあるっぽいのは分かっちゃったかもしれない。
けど、ま。

「ま〜〜〜とにかく!! せっかく不動ちゃんも主公認の昼間っから酒タイムなワケだし、もっとじゃんじゃん飲も〜!!」

何はともかく今はとにかく酒、酒、酒!
いつか祝杯でもあげられるような日が来たらそん時ゃまた酒が飲める! それで万事良しってことでいいじゃないか!!

てなわけだから、頼むよ号ちゃん!!