小平太の、ほどよく筋肉のついた太い足が、思い切り彼女に向かっていくのが、やたらゆっくり見えた。小平太のまん丸な目が見開かれていくのを見て、ああ、今のはモロに当たるとは思ってなかったんだろうな、と思った。

あれは、僕らがまだまだ未熟な3年生の頃だったと思う。



声も上げられないのか、小平太の蹴りをまともに食らった彼女は地面に倒れ伏したまま動かない。腕で防ごうとしたものの、肩の辺りにクリティカルヒット。吹っ飛ばされた彼女は肩を抑えながら、体を小さく縮こまらせた。
一方小平太は、彼女の周りをわたわたしながら大丈夫か大丈夫かと騒いでいる。すまん、と繰り返す声には珍しく焦りの色がはっきり見てとれた。

「小平太」
「あ、伊作!助けてくれ!!」
「うん。みょうじさん、大丈夫?」
「……大、丈夫」

言いながら、彼女は右肩を抑えたまま立ち上がったが、軽い貧血を起こしているのか、足元がふらついた。白い肌も、赤みがなく、顔色が少し悪いように見える。目の焦点はしっかり合っているし、呂律も回っている。脳震盪は起こしていないだろう。

「みょうじ大丈夫か、ごめんな」
「小平太はこんなつもりはなかったんだろう?もとがちょっとクソ力なだけで、不運な事故だよ。それに彼女、もとから少し貧血気味だったみたいだし、彼女にも非はある。だよね?みょうじさん」
「善法寺……」

みょうじさんは、僕に食ってかかろうと口を開いたが、肩が痛むのか、すぐに口を噤んだ。まったく、とため息を吐き、僕は彼女に手を差し出す。

「とりあえず保健室においでよ、ちょっと休んだほうがいい」



赤く腫れた患部に薬を塗り、包帯を巻き終え、彼女の肩から彼女の顔へ、視線をちらりと移した。未だ顔に赤みがささない彼女は、保健室に来てからずっと押し黙っている。口を真一文字に結び、目を伏して、こちらを見ようともせずに、たくし上げていた袖を下ろした。

「何であんな無茶したの?」
「…別に無茶はしてない」
「もともと体調良くなかったのに手合わせなんて無茶以外の何物でもないでしょ。君が無茶した所為で小平太はきっと今頃気に病んでるよ、委員会があるみたいだからそっちに行かせはしたけど、きっと気にしてる。怪我ってね、故意じゃない限りはしたほうよりさせたほうが参っちゃうものなんだよ」

みょうじさんは、一息で言い切る僕の顔を見ながら、ぽっかりと口を開けている。あんたそんなにしゃべるやつだっけ、と顔に書いてあるようだ。彼女はくノ一のたまごのわりに、案外素直らしい。

今まで、彼女とはあまり関わりがあるほうじゃなかった。今回だってたまたま通りかかって、怪我をしたのが目に入ったから声をかけずにはいられなかっただけで、彼女との関わりは、ほぼ無いに等しかったのだ。たまに食堂で姿を見る、すれ違う、そんな程度の。

みょうじさんは、数回まばたきをして、おずおずと口を開いた。

「…怒ってる?」
「怒ってはないよ。ただ、小平太だって、僕だって心配なだけだ」
「でも、私…」

彼女は、ぐ、と膝の上で手を握りしめる。僕は、彼女の次の言葉を待つ。

「強く、なりたいの。もっと。前は男子とも対等に戦えてたのに…気を抜くと、いつの間にか差がつく」

何かを押し殺したような小さく、けれどはっきりとした彼女の物言いに、なんとなく合点がいった。
彼女は、焦っていたのかもしれない。僕はずっと保健委員会だから分かるけど、体のつくりは男女でまったく違うものになる。単純な体の大きさ、肉の付き方、まして筋肉の付き方は、鍛え方でまったく違うものになるし、個人差もある。それが明確に分かれてくるのは、きっと僕らの、今の時期なのだ。

彼女はそれを、自分の力不足と受け取ってしまって、それで無茶をしたのか?いや、でも。

「何で小平太に手合わせを頼んだの?ハイパークソ力チャンピオン小平太…」
「だからよ。同学年忍たまで一番強いから」
「一番…か、留三郎や文次郎が聞いたら騒ぎそうだなぁ」
「あいつらは駄目。女だからって手加減しそうじゃない」
「あはは、なるほどね」
「あははじゃないわよ、善法寺ってなんかよく分からない」

彼女はむくれたようにしかめっ面を作って、僕から目を逸らした。
そうか、彼女も色々考えて、足掻いていたのか。

「でも、僕はくノ一にはくノ一の戦い方があると思うけどなぁ」
「分かってる。どうせ色仕掛けで情報を奪う、とかでしょ」
「いや、そうじゃなくてさ、女子は体がこう…しなやかだから。しなりがあるっていうのかな。力が劣っていても速さとか、小回りの効くところを活かせばいいと思うんだよ、ね…って、みょうじさん?」

彼女は、大きな目をまん丸くして、僕を見ていた。

「ごめん、知ったかぶりしたかな…」
「あ、ううん、違うの…なんかそういう風に言われるのって、なんか新鮮で、ちょっと驚いた。善法寺って、なんか」
「なんか?」
「…変、ね」

変、変と繰り返しながら、彼女はくすくすと笑った。



学園にいた頃のことを思い出しながら、この間留三郎が持ってきてくれた饅頭をぼーっと食べていたら、饅頭を持っていた手から力が抜けていたようで、僕の手からは齧りかけの饅頭が落ちて、膝の上に転がっていた。

「あ、しまった」
「何してんの伊作」
「ぼーっとしてた…」
「変なの」
「…君は変わらないよね」
「あんたもね」

彼女は、肩を揺らして、可笑しそうに笑うのだった。