一人炊事場に立った伊作は、結局相変わらずの不運を発揮した。
道中に買ってきたという魚を焼こうとして火を起こしたはいいものの、それで何故か前髪を焦がしそうになった。うわあ、という情けない悲鳴に思わず布団から出ようとしたのだが、病人は絶対安静だと、もともと猫目なのをさらに目を吊り上げた伊作に厳しく言いつけられ、私は大人しく布団の中に戻るほかなかった。
何度起き上がり、伊作の元へ向かおうとしたことか。そのたびに伊作はいいから!と私の動きを制した。いいから、と言うのなら十分に気をつけてほしいものである。

伊作が、作ったものを並べるのを見ながら、思わずため息が出た。

「ほんとヒヤヒヤした…」
「すまない、でもまあホラ、ご飯は美味しくできたし」
「伊作のせいで寿命縮んだ」
「冗談になってないよ」
「ははっ、そうだね」

伊作にジトリとした目で睨まれたが、なんだか今はとても心が満たされていた。
表面が白く光って、ほんのりとお米の甘い香りがするお粥。ゆらゆらとわかめが踊る味噌汁。身がほっこりとして柔らかそうな、だけどちょっとだけ焦げた焼き魚。その香ばしい香りや、味噌汁からほわほわと立ち上がる湯気が食欲をそそる。

「いただきます」
「うん、僕も食べようかな」

手を合わせていただきますをして、箸に手を伸ばす。箸を持つ、という行為すら久しぶりな気がした。

始めにご飯を食べよう、なんて言われた時は、絶対に胃が受け付けないと思った。
けれど実際目の前にしてみたらどうだ。死を前にしても、腹は減る。腹が減って、ご飯を食べたいと思う、口の中で唾液が生成される。腹の虫は正しく鳴く。これはきっと、生きたいと思うことそのものだ。
分かっていた、私は生きたかったのだ。

「これは僕自身の勝手な感想なんだけど、米を食べると元気が出るんだよね」

何でか分からないけど、と言葉を続けながら、伊作は味噌汁の椀を手にとった。

「炊きたての米とか、出来たての味噌汁とかさ。そういうのを食べると、問答無用に心が落ち着いちゃうんだよなぁ。口の中があったかいご飯でいっぱいになるだけで、人は無性に幸せになるるんだよね」

確かに、私たち忍者は忍務中、栄養重視の忍者食を主に食している。味は二の次三の次。最小限のもので体を保たせなければならないのだ。
だからこそ、出来たてのご飯というのは、こんなにも体に染み渡る。ありがたく感じる。久々にご飯を食べた時の安心感は、伊作がきてくれた時の感情と、なんだか似ている気がした。問答無用で安心させてしまう、そんな力。

「そういえば潮江は、忍びたるもの飯に美味しさを求めるなーだとか言ってたけどね」
「ああ、文次郎か。元気でやってるかな」
「どうかなぁ」
「散々無茶苦茶してそうだ」
「はは、いえてる。久々知は、相変わらず豆腐が好きなのかな」
「案外、忍者じゃなくて本当に豆腐屋になっているかもしれない」
「あいつの作る豆腐は評判だったからね」

私と伊作は、今はもうほとんど会うことのない忍術学園時代の旧友や後輩、先生方の話をした。近況を知っている者もいれば、知らない者もいる。今どこで何をしているのか分からない者のことも、あれこれと勝手な想像を巡らせた。
けれど、不安になるような話は、一切でなかった。

「そうだ、明日ここにお客さんが来るよ」
「ふーん……はぁ?」

ごはんを全て食べ終えた伊作は、ご馳走さまを言い、箸を置きながらポロッととんでもないことを溢した。私が持つ匙からは、掬った粥がボタ、と重たい音を立てて溢れた。