入り口で日の光を背にして立つ伊作は、小屋の内側にいる私から見るとまるで後光が差しているみたいに見えた。真っ白な朝日をいっぱいに浴びて、口元を小さく緩める袈裟姿の伊作。
神様でも現れたかのようなその現実離れした光景に、私は言葉が出なかった。
けれど、そこにいるのは神様などと曖昧なものではなく、善法寺伊作、その人だ。何で、と口にしようとしたが、しばらく発声をしていなかった私の喉はスカスカした音を出すばかりで、結局噎せて何も言葉には出来なかった。

「あ、ホラ。空気が悪いからそうなるんだよ」

戸、開けたままにするからね。そう言って伊作は勝手に小屋に上がり込もうと、草履を脱ぎ始めた。
ちょっと待って、何でここに、どうしてここが。聞きたいことがありすぎて、言葉が頭の中を駆け巡る。止まらない咳を恨みながら、近づいてくる伊作の足音、衣擦れの音を、私の耳はしっかりと拾っていた。
草履を脱いだ伊作は、脆く今にも抜けてしまいそうな床をギシギシ言わせながら、私のすぐそばまで来て、そっと腰を下ろした。
そして、未だに聞き苦しい咳の止まらない私の背中を繰り返し、何度も擦ってくれた。大丈夫だよ、とまるで小さな子供に言い聞かせるみたいにして、咳が治まるまでずっとそうしていてくれた。苦しくて目に涙が滲んだけれど、多分涙の原因はそれだけじゃない。
咳が治まると、深呼吸を促された。落ち着いて、と、低くゆったりした口調でそう言われて、私はようやくきちんと息を吸うことが出来た。胸の奥のほうまで、すうっと酸素が入っていくのが分かる。そしてゆっくりと、息を吐く。こんなにきちんと呼吸をしたのは、ここに来てから初めてのことかもしれなかった。
呼吸が整い、酸素が回った頭でもって、私は一つずつ伊作に尋ねようと思った。とりあえず、少しずつでいいから、伊作がここにいる訳を知りたい。

「何で…伊作がここにいるの?」
「何でって、僕医者だし、君は病人だし」

さも当たり前のように言ってのける伊作に、思わず笑いが零れる。
伊作は何も変わっていない。学園にいた頃より声や体つきが男らしくなったかもしれないけれど、中身はあの頃の伊作のままだ。

「だって…ここに来たこと、私誰にも話してない」
「うん、僕もホラ、色々伝手があるから。ちょっと調べてもらってね。売出し中の君が突然仕事を全部蹴ったって風の噂で聞いて、こりゃおかしいかもなって思って。で、調べたらビンゴだったってわけ」
「じゃあ、病のことも」
「うん、知ってるよ」
「じゃあ…医者に来てもらっても無駄ってことは分かるよね」

声が震える。伊作が来てくれたことが、私はただただ嬉しかった。けれど治ることのない病で伏している、明日もないような人間としては、心の底から素直に喜ぶことは出来なかった。
伊作は医者だから来たという。けれど、医者が来たところで私はもう助からない。ただ死を待つばかりの、ろくでなしだ。

「馬鹿だなぁ」
「はあ?」
「君が勝手に生きることを諦めたってね、周りがそれを簡単には許してくれないよ」
「何それ…」

諦めたくて諦めたわけじゃない、諦めざるを得なかったんだよ。
叫んでしまいたかったけれど、思いきり息を吸い込んだ段階で私はまた噎せてしまった。何故こうも使い物にならないのか、自分自身の体に苛立ちながら、今度は悔しくて涙が出た。言うことを聞けよ、私の体でしょう。言いたくても、出てくるのは言葉ではなく喉を締め付けるような咳と涙だけだった。

「そんな体にしたのは、君自身じゃないか」
「なん…」
「君が自棄になって、君自身が自分を追いつめた結果じゃないか」

淡々とした中にも小さな怒りの炎を宿した伊作の言葉に、何も言い返せなかった。止まらない咳のせいではない、図星だったからだ。
死期を宣言されてから、自ら死へ向かおうとしていた私に、何か言い返す資格はない。
馬鹿だなぁ、と、伊作はまた、小さく呟いた。それから膝を叩いて勢いよく立ち上がり、よし、と急に一人で意気込み始めた。

「ご飯を食べよう」
「…は?」
「話は、それからだ」