今日は、あの日から何日経ったのか。医者が、お前は良くてあと三月ほどしか生きられない、この世に生きていられないと宣告したあの日から、何日目だったか。正直曖昧だった。
一仕事終えた晩のこと、後は報告だけという時。強烈な眩暈がして、倒れ伏して、気付けば医者の元にいて、そして私は自分の人生が終わるまでの制限時間を目の前に突き付けられたのだ。もう治ることはない、不治の病だった。

その宣告を受けてから、私は仕事をすべて断った。
利吉さんのようなフリーの忍者に憧れて私もその道を志し、ようやく軌道に乗ってきたという手応えを掴みかけていた、その矢先のことだった。学園を卒業してから3年は経っただろうか。そんな折のことだった。
友人との文のやり取りも辞め、仕事も放り出し、余命幾許と言われた私は医者の元を抜け出し、足腰が立ち体の自由が利くうちにと、山奥に篭った。人里離れた、木々が鬱蒼と生い茂った中にあるボロ小屋に、身を置くことにした。

以前仕事でこの山を通った時に見つけた小屋なのだが、どうも住人はとっくの昔にここを捨てたらしく、辺りは草が伸び放題、その上小屋の裏出には、いつからここに生えているのかもわからない草木瓜が大量に自生しており、赤い花々が異様なまでの存在感を放っていた。真っ赤なそれらが、まるで燃えるように咲いていたのである。今は、その花々は青い実に姿を変えていた。その様を見て、草木にも命はあるのだ、そして今まさに、その命を燃やしているのだと思った。
同時に、これから死にゆく自分はつまり、枯れていくんだなぁと、一人で自嘲した。
虚しく冷たい風が吹き抜けていくような胸を抑え、ガタガタな扉を力任せに開けて小屋の中へ入った。
小屋の中は、案の定埃だらけだった。ある程度汚れを掃って、とりあえず眠れるようにだけして、それから碌に飯も食べずに横になり続けた。

一人でそこで命を終えようと思ったのだ。要は、絶望していた。病による理不尽なまでの急な宣告。まだまだこれからだと思っていた自分の行く道を、突然正体も見えない相手に封じられて、物理的に倒すことも出来ない。世の中にこれまでに感じたことがないほど失望した。
自分の体のことのはずなのに、自分ではどうすることも出来ないもどかしさ、虚しさ。今まで自分が生きてきたことに意味があったのだろうかと自問することにも、いい加減飽きてきた。
これは罰だろうか。忍びとして、仕事だと言い聞かせながら人の命に手をかけてきた自分への。そう考えると合点もいくなぁ、と独り言ちようとしたが、咳込むばかりで何一つ声にならなかった。



暴力的なまでの眩しさが瞼の裏まで無遠慮に差し込んでくる。そうして、浅い眠りはすぐに覚めた。
朝が来たのは、ここへ来てから何度目だっただろうか。確認する気も起きず、布団に包まったままぼんやりと布団の白を見つめる。

「換気しないと空気が悪くなるよ」

私以外に人などいないはずの小屋に響き渡った、低く、けれど柔らかな声。特別大きな声というわけでもないだろうに、久しぶりに人の声を耳にした所為か、私の脳はその声を異様なほどはっきりと拾った。
声のした、小屋の入り口のほうを伺おうと体を起こした。何日も使わずにいた筋肉がミシ、と音を立てて軋んだような気がしたが、そんなことは気にならなかった。耳に届いた声には、覚えがあった。
一人で身勝手に死にゆこうとしていた私の思惑を壊したのは、共に同じ学園で学んだ、旧友だった。