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「...やれやれ」

──数分後。すっかり人集りの出来たそこには、無傷で面倒臭そうにため息をつくわたしとチンピラたちの屍の山があった。...殺したわけではないから、まあそのうち目は覚ますだろう。たぶん。

「お疲れ、リル。俺たちが出る程でも無かったな」
「あはは、ありがとう。寧ろ中途半端に体動かして不完全燃焼かな」

ベックさんの言葉に、苦笑と共にそう返す。ふと通りの方に目を遣ると、大慌てで此方へ走ってくる人影が目に入った。...何だあれ。

「皆さんッ!大丈夫でしたか!?」

ふくふくとした体つきの壮年の男性である。ざわつく辺りの声を聞く限り、どうもこの町の市長らしかった。背後には黒服の男女が控えており、隣には秘書らしき女性が澄ました顔で立っている。...はっきりとは言えないが、何処と無く違和感のある光景である。幾ら町で騒ぎが起こったからといっても、市長が自ら出向くものだろうか。

「...変な町だな」

シャンクスが零した呟きにそうだね、と返し、意識を失ったチンピラたちが縛り上げられてどこかへと連れていかれるのを後目に、次の店へ移動すべくわたしたちはその場を立ち去った。

+++

──それから数時間の後、シャンクスは酒場をほぼ貸し切って盛大な宴を開いていた。何の宴なのか訊くと、暫く悩んだあと、答えが思いつかなかったのだろう、よくわかんねェけど取り敢えず宴だ!と笑っていた。...本当に宴の好きな人たちだ。彼らは今も、酒場の中央のテーブルに集まって賑やかに盛り上がっている。一方のわたしはというと、カウンターに腰掛けてカクテルを作って貰っていた。初めこそシャンクスの隣に座っていたのだが、少し席を外しているうちに着飾った女の人たちがシャンクスたちを取り囲んでいて、とても近づける雰囲気ではなかったのだ。

「リル」

背後から掛けられた声に振り返ると、少し疲れたような顔をしたベックさんが立っていた。

「あれ、ベックさん。いいの?あの女の人たち」
「あァ…香水臭くてな。ああいうのはあんまり得意じゃないんだ」

至極面倒そうにため息をついて、ベックさんは隣に腰掛けた。

「ふふ、そうなんだ。ちょっと意外かな、シャンクスは平気な顔で座ったままだし、ベックさんも慣れてそうなのに」
「まァあの人はな。俺は一緒に呑むならお前のほうが良い」
「煽てたって何も出ませんよ...っとそうだ、ちょっと聞いてほしいんだけど、」

わたしはすこし声を落として言葉を続けた。

「この町に海軍は常駐してないらしくて、昼間見た自警団がその役割も持ってるんだって。市長が海軍の大佐と交渉して、自分が自警団を指揮することを条件にそれが許されてるっていう話だけど」
「ほう、...あの黒服たちか」
「そうそう。あの後の買い物中に聞いた話なんだけど、ベックさん途中から別行動だったでしょ?だから知らないかな、と思って。...ただ、ちょっと気になったのが、あの自警団...戦い方が変だったんだよね」
「変?」

ちょうど運ばれてきたカクテルに口をつけ、訝しげに訊ね返したベックさんの言葉に頷く。
買い物のついでに話を聞いて回っている途中に、ちょうど先ほどとは別のチンピラたちと黒服の自警団たちが戦っている様子を見たのだが、双方がちっとも本気を出していなかったように見えたのだ。寧ろ、出来る限り、相手に怪我もダメージも与えないように、そこばかりに注意を払って攻撃しているようにすら思えるほどだった。攻撃の本気度で言えば、朝のレイとわたしの組み手のほうがずっと上である。

「成程、話は分かった。...あの人は知ってるのか?」
「うん、買い物にずっと付き合ってくれてたからね。一緒に見てたよ」

ベックさんの言うあの人とは、言わずもがなシャンクスのことである。ちらりと其方を窺うと、相変わらず女の人たちに囲まれていた。...随分と、距離が近いような。──不意に、シャンクスはちらりと此方を見遣る。かちりと交錯しそうになった視線をふいと逸らし、何となく気まずくなったわたしは、飲みかけだったカクテルを飲み干すと立ち上がった。

「ベックさん、ごめん、ちょっと疲れちゃったみたいで...先に船、戻ってるね」
「分かった、船まで送ろう」
「ううん、大丈夫」

立ち上がりかけたベックさんを制するように言葉を紡ぐ。

「久しぶりの上陸なんでしょ?ベックさんももう少し羽を伸ばしたほうがいいよ。...それに、わたしがあんなチンピラ風情に敗けると思う?」
「...それもそうだな。気をつけて戻れよ」

ベックさんの言葉にひらひらと手を振って店を出る。...ドアベルの立てた微かな音に此方を振り返った視線には、気づくことなく。

ライン島は春島だ。...何処と無く浮ついた、春の宵である。少しのアルコールも手伝って、わたしはどこかふわふわとした気分で船までの道を歩いていた。そして気分よく月を見上げた、そのときだった。

「助けて、──!」

人気のない路地裏から女性の叫び声が聞こえたのだ。影からこっそり確認してみればなるほど、昼間見たような人相の悪い男たちにうら若い女性が絡まれている...よく見ると、こちらも昼間見た市長の秘書だった。

「大丈夫ですか、」

手応えのない男たちを易々と倒したあと、怯えているのだろう、蹲って震えている彼女に声を掛けて近づく。...不意に背後から殺気を感じて、振り返る間もなく背に激痛が走った。──斬りつけられたのだ、そこまで考えて、わたしの視界は敢え無く暗転した。
蜃気楼を織る

レイアウト若干修正(03. 06)

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