眼裏まなうらに朝の澄んだ光を感じて、そっと瞼を持ち上げる。開いた瞳に飛び込んできたのは、見知った自室の風景ではなかった。白いカーテンに同じ色のベッド。恰も病院のような風景に、覚醒しきらない思考で記憶を探る。

「...あれ、紫音、起きたんだね」

...ん?この声、わたし知ってるぞ。ベッドからむくりと起き上がって、声の主である白クマ、ベポくんを視界の隅に捉えたところで漸く自分の状況を思い起こした。...そうだわたし、無人島でめちゃくちゃ苦い果物食べて脱水症状起こして倒れたんだった。やはりあれは夢ではなかったらしい。

「紫音、気分は?少しはましになった?」
「ああ、うん。昨日よりもずっと良いよ、ありがとう」

気遣わしげに訊ねたベポくんに笑って頷いてみせると、ベポくんはほわっと笑ってくれた。ううん、本当に癒し。

「おれ、ペンギンとシャチ呼んでくるね!ちょっと待ってて」

そう言い置いて、ベポくんは部屋を出ていく。そういえばベポくん、もしかしてずっとわたしの様子を見ていてくれたんじゃないだろうか。あとでお礼を言っておこう......っていうかペンギンとシャチって何。誰。いや、ペンギンもシャチも好きだけど。可愛いけど。...ここはもしかして海賊船じゃなくて水族館なんじゃないだろうか。

結論から言えば、ペンギンさんもシャチさんも、水族館にいるあの水棲動物ではなく、ちゃんと人だった。...ペンギンさんの方は、かぶっている帽子は確かに名前の通りのものだったけど。

「ベポから名前くらいは聞いていると思うが、俺がペンギンだ。副船長をしている。...お前が紫音で間違いないな?船長から話は聞いてる」
「おれはシャチっていうんだ。戦闘員なんだぜ!紫音、もう体調は大丈夫か?」
「...はい、東雲紫音です。皆さんにはご迷惑をお掛けしてしまって、」

矢継ぎ早に話しかけてきて、自己紹介をしてくれた2人に言葉を返し、謝罪を兼ねてわたしも名告る。

「紫音はそんなこと気にしなくて良いんだよ!元はと言えばおれが勝手に連れてきちゃったんだし」
「あのキャプテンがわざわざ治療してるんだ、別に迷惑だなんて思わねぇって」

わたしの言葉に慌ててベポくんがフォローを入れてくれる。うん、彼はやっぱり可愛い。...というか、シャチさんはわざわざ治療、と言った気がするんだけど...トラファルガーさん自らが治療するのは珍しいんだろうか。だとしたら、やっぱり相当迷惑を掛けているのでは...?

「あ、そういえばトラファルガーさんは、」

噂をすれば影、とでも言おうか。わたしがちょうどその名を口にしようとしたそのときに、部屋のドアが開いてトラファルガーさんが顔を出した。

「あれ、キャプテン!いつもはもっと遅くまで起きてこないのに」
「どうかしたんですか、キャプテン」
「いや、船内の空気が若干賑やかになったから、こいつが起きたんじゃねェかと思ってな」

そんな空気を敏感に感じ取るなんて、...やっぱりトラファルガーさんは凄い人なんだろう。そう思っていると、彼はちらりとわたしを見遣って言った。

「こいつらも揃ってるし、丁度良いか。...昨日の続き、説明してやる。よく聞けよ」

:

...偉大なる航路グランドライン、レッドライン、ひとつなぎの大秘宝ワンピース...そして、この世界における海賊と海軍のこと。それらについて説明を受けたあと、...わたしはとっても混乱していた。昨日も驚いたけど、一晩休んで思考もはっきりとした今はもう昨日の比じゃないくらいに驚いた。そして、説明してくれた4人にふと思いついた言葉を投げかける。

「...あの、皆さん。...日本って国、知ってます?」
「...ニホン?」

4人とも、怪訝そうにわたしの言葉を反芻する。...この反応、ということは...一番避けたかった仮説が有力になりつつあることを察して、わたしは軽く眉を顰めた。

「聞いたことねェな…偉大なる航路グランドラインにある国か?それとも東の海か、西の海か...それとも南の海か?少なくとも北の海では聞いたことがない名だが」

全員の考えを代表して、トラファルガーさんが口を開く。...やっぱりか。嬉しくない予感が的中してしまったなあ、と思いつつ、小さくため息を吐く。そして、本日一番の笑顔でこうカミングアウトした。

「...どうもわたし、この世界の人間じゃないみたいです」

頬の上の神話

レイアウト若干修正(03. 07)
本文加筆・修正(03.30)



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