「...?」

打ち寄せる波の音に沈んでいた意識がゆっくりと覚醒する。おかしいな、家の近くには海岸なんて無かったはずなんだけど。瞼の裏に薄らと光を感じて、そんなに明るくはなさそうだな、などと考えながら緩慢な動作で身を起こし、きょろきょろと辺りを見回して、わたしは叫んだ。...恥も外聞もなく、年甲斐もなく。

「...ここ、どこだぁぁぁ......!」

:

...ああ、ここはどこ、わたしは誰...?
じゃなくて。
あの後(恥ずかしげもなく絶叫した後)、わたしは慌てて周囲の様子を確認しに走ったのだが、…見渡す限り、砂浜が延々と続いているだけだった。そして、背後に広がるのは鬱蒼としたジャングルである。さっきまで持っていたはずの鞄もスマホもカップ麺もない。ああ、わたしのご飯が、...というのはひとまず置いておくとしても、ここは一体何処なのだろう。
わたしが目を覚ましたのはどうやら夜明け前だったようで、水平線の向こうからゆっくり太陽が昇ってきた。綺麗だなあ、と思ったのも束の間、理性がこの状況に異を唱える。さっきも思ったことだが、わたしの家の近くには海なんて存在しないのだ。だから当然、波の音で目を覚ますなんてこともあるはずはなくて。

「...取り敢えず誰か人を見つけてここが何処なのか聞こう。うん、そうしよう」

誰にともなくそう呟いて、人を探して歩き出したのはいいものの、20分もしないうちに初めに目を覚ました砂浜まで戻ってきてしまった。どうやらここは島で、海岸沿いにぐるりと1周してきてしまったようだ。...人はいない、20分足らずで元の地点まで戻って来てしまう。砂浜に沿って歩いているから迷うこともないだろうし、...つまるところ、わたしは身一つで無人島に放り出された…ということらしかった。もうここまでくると、何かのバラエティ番組の企画のようにさえ思えてくる。24時間サバイバル、的な──まあ後から思えば、これはそんな生易しいサバイバルでは無かったのだけど。
そんなこんなで困惑しているうちに日はすっかり昇りきり、容赦なく照りつける日差しにわたしは少々閉口していた。とても早朝とは思えないほどに気温が上がっていたのだ。これでは真夏並の暑さである。耐えかねて制服のブレザーを脱ぎ、手でぱたぱたと顔を扇いだ。急いで日陰を探し、今はヤシの木のような見た目をした木の下に避難しているのだけれど、どうにも喉が渇いて仕方がない。水分不足、その上木陰に逃げ込んだというのにちっとも体温が下がらないのだ。何か冷たいもの、せめて水分が欲しかった。かといって食糧はないし(わたしのカップ麺...!)、しかし背後のジャングルに入る程の勇気は持ち合わせていない。猛獣とか、サイズ感のおかしい大きな虫とか...ちょっと関わりあいになりたくないようなものが潜んでいる気配しかしない。ちょっと果物でもあればそれで良いんだけど、どうしたものか...ともう1度正面に向き直り、...わたしは驚きに目を瞠った。さっきまでは何もなかったはずの眼前に広がる砂浜に、ぽつんと何かが落ちていたのだ。...何だろう、日陰からのそのそと這い出してその''何か"の正体を確かめようと立ち上がった。ジリジリと容赦ない日差しが肌を灼く。首筋を伝う汗に顔を顰めながら"何か"に近づいて、何とも奇妙な姿をしたそれを拾い上げた。

「...なんだこれ、」

それは随分と不思議な見た目をしていた。色はいたって普通の黄色なのだが、皮の模様が妙だった。...渦巻き模様?みたいなものが全体にあるのだ。すごく奇妙である。そっと匂いを嗅いでみると、レモンのような香りがした。...果物、だよね。食べられるんだろうか...その奇妙な見た目を思って、暫し考え込む。しかし、相変わらず喉はカラカラである。乾燥した喉の奥がヒリヒリしてきた。...背に腹は変えられない。ええい、ままよ!わたしは手にした"それ"にかぶりつき...そして一瞬で後悔することになった。

「何これ苦い...!!」

レモンのような香りがしたにも関わらず、わたしが感じたのは酸味でも甘味でもなく、なんとも形容しがたい苦味だったのだ。苦い、というか、例えるならば世界中の不味いものを足して2で割ったような感じの苦さ、である。取り敢えず不味い、水が欲しい。周りは海だっていうのに、こんなに水があるのに飲めないだなんてあんまりだ。ここに濾過機を持ってきて海水を濾過して飲んでしまいたいほど苦い。

「うう、...水、」

あまりの苦味に顔を顰めて呟く。
──不意に、目の前に影が落ちた。

背水を抱く

レイアウト若干修正(03. 07)
本文加筆・修正(17.03.30)



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