──平凡な日常とは突然にして崩れ去るものだ。
以前誰かがそんなことを言っていたような気がする。うん、確かにその通りだと思う。今ならわたしはその言葉に実感を伴って頷くことができる。...いやはや、まさかその"突然"が自分の身に降りかかってくることになろうとは、夢にも思わなかったけれど。つくづく、平凡な日常とは突然にして崩れ去るものらしい。

:

「紫音ちゃん、今日もお疲れ様」
「あ、店長」

バイト上がり、背後から掛けられた声に振り向く。

「もう暗いから、気をつけて帰りな。最近は物騒だからね、本当はもっと早く帰してあげられるといいんだけど...」

申し訳なさそうな店長の言葉を慌てて手を振って遮った。自分がこの時間までシフトを入れているのだから、彼女が責任を感じる必要はないのだ。

「いえ、大丈夫です。今日もありがとうございました」

そう言ってひとつ礼をして、わたしは慣れた夜道を歩き出す。そして途中でコンビニでカップ麺を仕入れて、わたしは帰路についていた。あまり栄養バランスの良い食事とはいえないけれど、残念ながら今日のわたしにこれから夕食を作る余裕はない。予習もあるし、掃除洗濯も残っているから今日はあまり時間がない。学校に行って、放課後はバイト、そして帰宅してから適当に食事を摂って就寝前には勉強を済ませる。周囲からは大変だね、と同情の声を掛けられることも多いが、慣れればなんということもない。これがわたしの日常だった。とはいえ、もうすっかり慣れてしまってはいるものの、学生──それも高校生の身での一人暮らしは中々に忙しいものだった。
道を歩く自分の影がくっきりと濃いのに気づいて、空を見上げる。薄く掛かっていた雲が晴れて、煌々と輝く三日月が見えた。今夜の月は、随分と綺麗だ。そう思って空を見上げながら帰り道を歩く。...何故だろう、なんだか月がいつもより近いような気がする。...手を伸ばせば、届きそうなほど。
好奇心に駆られて、白い月に誘われるように手を伸ばした。
──ああ、もうすぐ、届きそうだ。そう思ったところで、白くつめたい月の光がわたしを包み込み、…そしてわたしの意識は暗転した。

宵の淵にて夢を視る

勢いで始めてしまいましたローさん連載です。外科医かっこよすぎか。
本文加筆・修正(17. 03. 30)



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