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周囲が呪霊認定してくるけど俺は立派な人間です

 少年はヒイヒイ泣きながら走っていた。少年は運動が得意ではない。今だって脇腹がつってめちゃくちゃ痛い。それでも、頑張って走り続けた。理由は簡単。全身真っ黒の不良に絡まれたからである。

「なんなんだよーーーッ!目が合っただけじゃん!!それなのに、なんで俺のこと親の仇みたいな目で睨んでくるのーーーッ!!」
「逃げ足が速いな…!どんなに見積もっても4級なのに…ッ!」
「おい!逃げんな、そこの呪い!!」
「さっきからバカスカ石ころ投げてくるんじゃないよ!!危ないし、痛いでしょ!?いい加減にしろーーッ!」

 恥を捨てて、バカみたいにデカい声で助けを叫んだが、通りすがりの人は誰も助けてくれない。というか完全に手元のスマホをガン見してスルーしてやがる。結構ショックだった。人間の冷たさに触れてしまった。もうやだ、現実が俺をフルボッコしてくる。少年はべそべそと泣いた。もうギャン泣きだった。
 どうして何も悪いことしてないのにいきなり石ぶつけてくるんだろう、とか、もはや4級だとか呪いと呼んでいるあたり人間扱いすらしてくれない現実とかにイライラして、悲しくて、少年は涙が止まらなかった。なんで皆俺に冷たいんだ。息が切れて、唾を飲み込むと血の味が口内に広がるが、遠慮なく石を投げつけられるので、少年は必死で足を動かした。しかし、気が付いたら袋小路に追い詰められていた。背中を預けた壁が冷たい。

「おいおい。弱い者いじめはいけないよ」

 せめて頭だけは守ろうとダンゴムシみたいに転がっていつ来るかわからぬ衝撃に備えていると、頭上から聞いたことがない声がした。同時に、「ぇあァ」とか「ぴギィい」とかよくわからない声が続く。何が起きたのか分からないけれど、こういう時に顔を上げたりすると主人公とその仲間達以外は大抵死ぬので、そのまま自分を抱きしめて転がっていた。間抜けな姿だが、それでも俺はまだ死にたくない。

「ねえ。さっきからなんでそんなに恥をさらすの?」
「死にかけたからですけど!?というか初対面なのに失礼だな、アンタ」

 反射的に少年が顔を上げると、フランケンシュタインみたいな青年と目が合った。ぶっちゃけ、見た目だけなら、先程の真っ黒人間どもよりも圧倒的不審者。アッ俺死んだ。少年はまた泣いた。お巡りさん、早く俺を助けて。

「おいおい。また泣くのかよ。涙と鼻水で汚いなあ」
「しょうがないでしょ!?一般人に何を期待してんの?俺はお兄さんみたいに人間やめてないの!人間なの、俺は!」
「え?本気で人間だと思ってるの?」
「人間だと思ってますけど?」

 何言ってんだ、オメーというトーンでそう少年が言うと、オメーこそ何言ってんだ?と言いたげな顔をされた。しばらく、青年と少年は見つめ合った。
___え、今どんな状況?なんで野郎と至近距離で見つめ合わなきゃいけないの?巨乳な美少女だったらよかったのに。あ。おほしさま、きれい。月、ほしい。
 少年はあまりにも現実が辛すぎて、とうとう全く別のことを考えることで自分の精神を保つことにした。とりあえず、少年はあえて先程自分を追いかけてきていた黒づくめの男どものことは考えないことにした。

「へえ。君、強くなったら使えそうだし。俺の仲間達に紹介するね?」
「お願いだからそろそろ会話しよう?ね?」
「命の恩人の俺についてきて〜」

 反論する前にがっしり首根っこをつかまれてしまった少年はチベスナみたいな顔をして大人しくなった。というか、首がしまって、大人しくならざるを得なかった。

___今日は厄日だなあ。

 少年は酷く疲れてしまって、よくわからない青年に体を預ける。もう、どうにでもなれ、と思った。


「じゃじゃーん!見てみて、漏瑚。俺達の切り札を見つけたよ」
「あのー。俺は見世物じゃねえんですけどねえ」

 青年は人気のない公園のベンチに座っていた一つ目の男に向かって少年を見せびらかした。少年は虚無顔でハロウィンじゃないのにこんな手の込んだ仮装してすげえなジジイと思ったし、一つ目も「なんだこの珍妙な小童は」という顔をしていた。

「…真人。なんだ、この小童のどこが切り札なのだ。流暢に言葉を話す癖に弱いではないか」
「…けなされてるんですね、わかります…」
「漏瑚。一度、こいつに攻撃してみたらわかるよ」
「アンタはアンタで何を言い出すの!?死んじゃうでしょ!俺が!!」
「…面倒だな」
「面倒なら、俺にこぶしを向けないでくださ…」

 言い終わる前に、拳が目の前に迫ってきていた。反射的に少年は目をつぶる。どいつもこいつも俺に軽率に殺意ぶつけやがって。少年は短時間で何度も命の危険を感じたためか、今度は泣かなかった。むしろ怒りで頭がふらふらになりながらも、二本足で踏ん張って、顔面で拳を受け止めようとした。(反射神経がゴミなので腕が追い付かなかったためである)

「のわ…ッ!」
「ぅ、うん…?」

 しかし、どういうわけか、吹っ飛んだのは一つ目の方だった。まあ、一つ目は、吹き飛んでも空中で身をひるがえしてシュタッと何事もなかったように地面に着地したのだが。どう考えても人間の動きじゃねえ。少年はそう思ったが、現実逃避で「最近のジジイはよく動くなあ」と自己暗示した。

「ね?言った通りすごいでしょ。運動神経雑魚以下だけど、鍛えればこの防御力は花御以上になるよ」
「むぅ…確かにそれはそうだな」
「ちゃんと育てるからさ。拾っちゃおうぜ」
「しかし、それにしても立ち振る舞いといい、ここまで弱さが滲み出るとは…嘆かわしい」
「ねえ、俺泣いていい?そろそろ泣いていいよね?」
「えぇい!いいから貴様は黙っておれ!騒がしい」
「どうせ罵られるなら、巨乳の美少女がよかった」

 どうやら、このまま、この自主的にハロウィン仮装してる連中に連行されるらしい。少年は家にいる母のことが少しだけよぎったがすぐに消した。どうせ自分がいなくても母の日常は変わらない。命の危険を感じすぎて頭が上手く働かなかった。


 廃屋に入ったはずなのに、ドアノブをひねって中に入ると、そこは南国のビーチリゾートだった。目から木が生えている人と全身蛸みたいな人とお坊さんがいた。もう驚かない。そこで、今更過ぎるが自己紹介される。フランケンシュタインが真人、一つ目が漏瑚、木が花御、蛸が陀艮、ヤバそうな坊さんが夏油だと言われた。少年は自分の名前を不審者に伝えたくなかったので「山田太郎です」と言った。結局スルーされた。
 少年は「大人しくしろ」と漏瑚に言われたので、自棄になってプカプカ浮いている陀艮の隣に行ってプカプカ浮かんだ。漏瑚が「何をしておるんだ、貴様はーーー!!」とブチギレていたがスルーした。空が青い。
 
「空、きれいですね」
「ぶぅ」
「冷たくて気持ちいいな…」
「ぶー」

 何を言っているかはわからないけれど、会話の真似事みたいなことをしながら、少年と陀艮はプカプカ波に乗り続けた。耳に水が入ってぐわんぐわんしたが、あの個性のごった煮みたいなところに戻りたくなかったのでそのまま浮かんでいた。日光が眩しい。
 その間、個性のごった煮達は少年の今後について話し合っていた。どうやってあの少年の姿をした呪いを自分達と同じくらい強くするか、頭を悩ませていたのである。ぶっちゃけ、真人と漏瑚は、あの少年が軽やかに体を動かす姿が想像できなかった。運動神経が鈍そうだし、顔面で拳を受け止めようとする奴なので。
 とりあえず、しばらくは様子見だが、あまりにも弱い場合は、一時的に宿儺の指を取り込ませて強制的にパワーアップさせることにした。あまりしたくないけれど。


「おい!小童ァ!!さっさと下りてこんか!往生際が悪いぞ!!」
「ここには児童相談所はないんですかァ!!」
「何をバカなことを言っている。さっさと降りてこい!!」
「死ぬと思うので!これ以上やったら死ぬと思うので!!」

 とんでもねえ跳躍力を見せた漏瑚に叩き落された挙句、拳骨までもらった。痛すぎて泣いた。漏瑚は「これは最終手段に移るしかない」とか恐ろしいことを言いながら部屋を出て行った。少年は久々に泣いた。最終手段is何。

「もうやだ、人間やめてる奴らが人間に人間をやめろと言ってくる…」
「あっはは。太郎がまた、変なこと言ってる」
「ねえ、俺が偽名伝えたことぐらいわかってるでしょ?いい加減、太郎はヤメテ。泣きたくなるから」
「えっと、こんな時には…”心を燃やせ”?」
「お前のせいで名言が台無しだよ」
「悪かったって…ええと…」
「不審者には本名は伝えません」
「じゃあ、今日からお前は善逸ね」
「やめて!!人気キャラの名前を俺に付けないで!!」
「文句ばっかりだなあ。じゃあ、善でいいよ、善で」
「適当だなあ…」

 真人は少年の反応を面白がっているのか、高確率で少年にダル絡みした。少年は少年で漏瑚と修行(笑)したくないので、真人との会話を引き延ばした。そうして、気が付いたら常備されているパラソルの下で大人気漫画を読みながらしゃべった。そんな二人の様子を見て、真似しようとした陀艮を花御は優しく止めた。良い子は真似してはいけませんよ。



「おい、小童。これを食え」
「え。嫌です」

 善は漏瑚に黒い指を渡された。頭大丈夫ですか?という顔をするとゴンと重たい拳骨をもらった。ジジイ、すぐ手が出る。あまりにも善が嫌がるので、漏瑚は仕方なく、宿儺の指とは何か、から指を取り込むメリットまで丁寧に伝えたが「千年前の指を食べたらお腹壊します」と言われたので、漏瑚はぶっちーんと来て、無理やり飲み込ませた。最近、少し疲れ気味だった。

「ひどいです漏瑚さん!あなたには人の心がない!」
「儂は呪いだから」
「いつもいつもそうやってプッツンして…きっとカルシウムが足りていないんだ」
「バカにしとるのか貴様ーーーッ!!」
「ほら、ジジイすぐキレる」

 思わず手も足も出たが、善の体に届く前に善の呪力によってできた壁に妨げられる。指を取り込んだためか、普段よりもさらに強力になっていた。
 
「貴重な指だ。強くなってもらわねば困る」

 しかし、悲しいことに漏瑚の期待は外れることになる。善は守りに関してはこの場にいる誰よりも強くなったが、肝心な攻撃力に至っては、どんなに盛っても3級程度だった。あの宿儺の指を取り込んで、強化されたはずなのに実力は3級程度。漏瑚は善を戦わせることを諦めた。

 
「ぐぇえ…」
「潰れた蛙のような声を出すな。興覚めだ」

 ここ最近、眠っていなかったはずなのに、気が付くと全然知らない場所にいた。なんか人体の中みたいなやべえ場所。おまけに誰かが善の背中に座り込んだ。最近、厄介ごとばかり吸引している気がする。ため息が反射でこぼれる。善は本気でお祓いに行こうかなと考え始めていた。

「おい。何とか言ったらどうだ」
「え?もしかして、俺に話しかけてましたか?」
「…。」

 誰かは返事をしない代わりに大きなため息をついた。善だって馬鹿にされたことぐらいはわかった。しかし、自分よりどう考えても強そうだったし、口調からして乗っかっている男は俺様タイプ。下手に逆らったら首ちょんぱとかされたらたまらないので、善は背中の上に座られながらも土下座ポーズをとった。

「む。つまらんな、お前」
「もうやだ。無惨タイプかよ。理不尽!」

 背中に座ったまま男は俺に斬撃を放ったらしい。しかし、ここ最近受けた漏瑚式ブートキャンプで防御力だけは自信があったので、善はあまりビビらなかった。ただ、斬撃が善に届かずとも、衝撃波だけで普通に痛かった。

「いってぇ…」
「ほう。ただの間抜けではなかったか」
「最近、呼吸をするようにディスられてばっかり。しょぼん」
「しかし、お前。守るばかりで攻撃に転じようともしないな」
「…俺には格闘センスがないもので」

 そういうと、男はやっと腰を上げた。やっと軽くなったー。善がホッとしたのもつかの間、今度は首根っこをつかまれて至近距離で凝視される。勘弁してください、このゴリラ。

「今度は圧迫面接…?」
「…勿体ないな。使いようによっては最大の攻撃になるだろうに」

 返事をする前にまた思いっきりぶん投げられる。もちろん、受け身など取れるはずもなく、犬神家ポーズを晒した。やれやれとため息をつかれる。それでも「頑張れ頑張れ」と残念なことに気まぐれ宿儺様による受け身講座が開催されようとしていた。
 最近、世界が自分に冷たいなあ、と善は現実逃避した。

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