Irreführende Nacht

※『彼の世界』主格の襲撃より少しぐらい前の話



それはよく晴れた日のこと。
『imperial』の拠点で『此の世界』の中枢に当たる城を模したこの建物は外から見るよりも遥かに大きい。横に広い城門から煉瓦が更に横に伸びて塀の様に囲い、 いざ城門を潜れば左右2つに別れ建物とそれを繋ぐ渡り廊下、そして建物同士の間を埋めるような緑豊かな庭園。分かれた2つのうち1つは『imperial』とその他適合者の一部が生活する寮となり、もう片方は組織として活動する為の建物となっている。突如現れた『imperial』を除いては『此の世界』の住民の意志によって入隊を志した者が殆どで、特殊能力の適合者と判定されなかった者も多い。『此の世界』を守るべく奮闘する日々だ。常に死と隣り合わせが故に所属する人の大半が男性だった。全体の1割にも満たないであろう女性陣の、更にもっと少ない『imperial』の5人の少女が今日という日にこそこそと隠れて何かの話をしていた。"男子禁制"とでかでかと書かれた張り紙が貼られているのは寮として使われている方の建物のとある一室。会議や一時的な物置など多目的用の部屋として作られたその部屋で少女達は密着するぐらいの距離で片隅に集まっている。その内の1人ーーーーー琴羽の静かに告げられた一言に"落ち着いて聞いてね"と言う前置きすら忘れてしまうような衝撃が走る。


「あ、あああ、あの、暁が………」
「そんな……馬鹿な……」
「よ、よよ…」
「夜這いィーーー!???!?」

「シーーーーッ!!声が大きい!!」


思わずこぼれた言葉に少女達は慌てて口を手で覆い塞ぐ。
彼女達ーーー真琴、梨乃、秋乃、愛那が琴羽に呼び出されたのはつい10分程度前の事だ。余りにも神妙な面持ちで声を掛けられたものだからどんな重要な話なのだろうと心の準備をしていたのだが、予想の斜め上を行くまさかのカミングアウト(?)に驚きを隠せなかった。
心を落ち着かせるように一息置いて、内緒話をするような声のトーンで愛那が話し出す。


「そ、それは一体どう言う…?」
「えっと、なんかこの間…一週間ぐらい前かな、不意に夜中に目が覚めちゃって…」


目が覚めた時間は午前2時過ぎ頃。時計に目を送るとまだそんな時間か、と再び眠い目を擦ったのだが、窓の外から足音らしきものが聞こえてきた。こんな深夜だ、夜勤の者を除いた大半が寝静まったこの場所はどれだけ静かに歩こうとも音は反響する。庭園は煉瓦を埋めて作られた道も複数あり、革靴で歩けば少なからずヒールの音がする。恐らく琴羽が耳にしたのはこの音だろう。
夜勤の者が歩いていたのならそれでいい。仮にも侵入者ーーーー『彼の世界』の侵入者だったとしたら寝ているどころではない。そっと窓際に寄り、気付かれないようにそっとカーテンを捲る。その先に居たのが暁だった、と言う訳だ。


「いやでもあの暁が夜這いなんてする?」
「私もそう思ったよ?だけどさ、その日の暁、夜勤じゃないし明らかにこそこそしてる…と言うか、挙動不審感…と言うか…なんかこう、"イケナイこと"を隠そうとしてる、感じなんだもん…!」
「お、おお…」
「しかもその1日だったらまだ話は別だけど? 毎日だよ!あの日から!ま!い!に!ち!!」


見つからないように周りを気にしながらどこかへ向かう彼の姿は彼女から見たら中々異様だったのかもしれない。どちらかと言えば彼は硬派なタイプだろうし、あまり隠し事をするようにも見えない。こそこそと何かをしているのであればそんな風に考えてしまうのも分からなくは無いのだがそうだと決めつけるのもまだ早いような気もする。


「ははぁ〜〜ん…暁、遂に女が出来たか」
「秋乃!?」
「いやだってさ、普通に考えたらそうじゃない?夜這いじゃなかったとしても、なんか色々あって禁じられた恋…!的な」
「それ!あたしがこの間読んた本にそんな感じの展開あったような気がする〜!あれでしょ、身分の差に苦しめられながらも色々な障害を乗り越えてやっと実る2人の愛…ってやつ!」
「梨乃は一体どこでそんな本を…」
「え、史書室にあった」


多種多様の書籍と資料が押し詰まったあの場所にそんなものがあるのかと逆に気になってしまったのだが、今はその話は置いておいて。女子だけの秘密会議(?)はその後1時間程続き結果として今夜もまた暁がどこかに向かうようだったら気付かれないように尾行をしよう、と言う答えで纏まったのである。
夜這いらしき行動の真相云々より面白さの方が勝っている人の方が多いかもしれない。

時は過ぎてあっという間に深夜1時半を過ぎる頃。尾行する、と言う話だったはずが何故かこの一週間必ず通ると言う情報を元に、一番見やすい中通路前の背が高く幅が広い花壇の物陰に隠れて様子を伺っていた。要するに出待ちだ。綺麗な月明かりが降り注ぐ夜だが、出待ちを始めて早1時間程経つだろうか、どこか肌寒さを感じる。


「まだ来ないのかな…眠く、なってきた…」
「おかしいな、今日は行かないの…?いつもなら……、あ!来た!」


真琴が眠気を誘う欠伸を1つ零した矢先、お目当ての人物ーーーー暁が姿を見せた。やはり何かを気にしているかのようにこそこそと、かつ足早に中通路を駆け抜けて行った。手には小ぶりな紙袋が握られており、中身は何なのかはわからないが大きいものではないのは紙袋のサイズを見れば一目瞭然である。


「………貢ぎ物か」
「え、そうだとしたらいいカモにされてない?大丈夫?」
「暁は優しいからその可能性を完全否定出来ない…」


「ーーーーお前ら何やってんだ?」


聞き覚えのある、だけどここには居るはずがない声。寧ろ自分達が追いかけていた相手の声。3秒ぐらい時間が止まったような感覚の後慌てて振り返った。いつから、と言ってもさほど前でも無さそうだが好き放題言っている声が聞こえてしまったのか、たまたま目的の場所に向かう為にすぐ近くを通ったのか不思議そうに首を少し傾げながら後ろに立っていたのはーーーー暁だ。


「あ、あああ暁!?!」
「こんな時間にこんな所で何をしているんだ?しかもこんなに連れがいて」
「え、えと、あの……その……」


予想外の出来事に心臓が跳ね上がってばくばくと五月蝿い。挙動不審になってる琴羽を他所にすぐ隣にいた秋乃が一歩前に出た。


「暁が夜な夜などこかに向かってるって言うからそれを確かめに」
「秋乃!」
「だって見つかっちゃったモンは仕方ないし、変に取り繕った方が怪しいでしょ」
「あぁ、なるほど。なるべく音を立てないようにしていたつもりだったんだが…」


こっちだ、と指差しをしてその報告へと歩き出す。特別焦っている様子も見せず、寧ろそんなにあっさり夜這い(?)を 認めていいものなのかと動揺したのだが先を行く暁の後を追った。

向かった先は建物の後ろ側で、この奥だ、と城壁と建物との隙間を覗くように暁が言い、言われた通りに半ば恐る恐るその先を覗き込む。


「……!」
「捨てられていたのか、迷い込んだのかわからないんだがたまたま夜勤の時に見つけて、な」


そこに居たのはまだ生まれてそう月日は経っていないであろう小さな子猫だ。親猫の姿は暁が子猫を見つけた時には既に居なかったらしい。せめて雨風は凌げるようにと木々と建物の屋根の下に来るようにダンボールが置かれていて中には毛布やら餌を入れていたと思われる小皿がある。暁が屈んで指先をダンボールに入れると、子猫は自ら頭をすり寄せてきた。まるで『撫でて』と言わんばかりに。


「俺の部屋に連れていけば良かったんだが…十六夜とは言え相部屋だからな。勝手に連れていくわけにも行かないだろう。まぁあいつなら、あっさりOKを出しそうなんだが」
「それで毎日ここに…?」
「ああ、日中に来れる日もあるけど中々時間が取れなくていつもこんな時間になってる」


琴羽に続き秋乃や真琴達も順々に子猫に触れて撫でる。気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしていた。野良猫、の割には毛並みも柔らかい。こっそり餌をあげたりお風呂に入れてあげていたりしたのかと思うと思わず笑ってしまいそうだ。


「よし!私の部屋においで!」
「!」
「私はひとり部屋だし、能力の都合上あんまり戦場の前線に出ることも少ないからね。ここにいるよりかは遥かに安心だと思うの」
「……迷惑、じゃないのか?」
「迷惑だなんて、そんな!独りがさみしいのは誰だって一緒だと思うし…。あ、でも定期的に見に来てあげてね?暁にはすごく懐いているみたいだし」


琴羽は子猫を抱き抱えるとまるで返事をしているかのように一声鳴いた。暁はそれから少し間を開けたあと目を伏せながら口元を弛めて、そうだな、と返事をする。
琴羽と暁の会話をすこし離れた後ろ側で聞いていた秋乃は小さくため息を零した。部屋に男を呼ぶと言う意味を分かっているのか、と聞いてみたい気持ちもあったが、恐らくこの2人ならばある意味問題ないかもしれないと思いそっと胸の奥にしまった。

夜も更けるこんな時間に、"仲間"がひとり増えたのだった。




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