Verlust

※Traitor von Lügnerの続き




夜も更けてもう時期朝が来る頃だっただろうか。バタバタと騒がしい足音が長い廊下を響いた。その足音は段々と近づいて来てそのままの勢いで一つの部屋の扉が蹴破られるように開いた。扉を開く大きな音に机に伏したまま寝てしまっていた真琴は、一気に現実に引き戻される。焦った表情で開いた扉の方に視線を向けると、全速力で走って来たのだろうか、息を切らして、且つどこか焦ったような浮かないような表情を浮かべた梨乃の姿がある。言われなくとも何があったのかは察していた。


「ーーーっ、慧人が…!」


ーーーー『慧人の目が覚めた』。
その言葉を言い終えるより先に身体が動いていた。
事は彼此3日前に遡る。『imperial』の拠点であって『此の世界』の中枢、左右ふたつに分かれる城を繋ぐ中通路に慧人の姿があった。横たわった身体には染み広がる無数の血痕赤い花。争った形跡も無ければ彼自身が武器になるものを何一つ身につけていなかった。血を大量に失くした所為か顔色は悪く辛うじて息はあるもののどうにか繋いでいるような状態だった。銃声らしき物が聞こえて相模が駆けつけた時には既に彼1人倒れていたらしい。
そのまま急いで医務室に運ばれ治癒能力での『治療』を受けた。直ぐに駆けつけた事が幸を成したのか一命は取り留めたがそのまま目が覚めず3日が過ぎ、今に至る。

そしてその間に、晶が『此の世界』から姿を消したと通告を受ける。

晶が慧人を撃ったと言う事実は確認出来ない。ただ行方を晦ました、と言うだけだったが『彼の世界』の者の気配を感じることも無く、可能性として一番高い『答え』がそうだった。同じ立場に当たる彼を疑いたいなんて誰も思っていない。違う誰かがそうしたんだ、と肯定してほしいと誰もが思っていた、願っていた。その矢先に告げられた『晶が姿を消した』と言う事実に否が応でもその『答え』に結びつく。
『彼』がそうなのであれば、慧人が武器を持って居なくても何となく納得が出来てしまうのだから。


「慧人!」


目が覚めたのなら、話を聞きたかった。
あの時何があったのか、慧人を撃ったのは晶なのか。
仮にそうだったとして晶は何をするつもりなのか。
晶が戻って来てくれると信じてもいいのか。

慧人を『特殊能力』で治療したのは真琴で、連日つきっきりで診ていたのもあって自室でのうたた寝だったが眠気すらもう消えてしまっていた。
目覚めて直ぐに色々と聞こうとしている事をを申し訳ないと思う気持ちがあるものの、逸る気持ちを抑えきれずに走り、医務室の扉を開けて名前を呼ぶ。

呼ばれた名前に反応して視線がこちらに向けられる。上半身を起こした状態でベッドの上に居る慧人は片手で頭を抑えていた。どこか痛むのだろうか、と心配そうな表情を浮かべながら真琴はゆっくりと室内に足を踏み入れた。真琴のあとを追ってきた梨乃は開いた扉の直ぐ後ろで気まずそうに目を伏せて逸らす。恐らく梨乃は、これから先に紡がれる彼の言葉をもう既に聞いていたのだろう。何も知らない真琴は告げられた言葉に頭を打ち付けるような衝撃が走った。


「ーーーーお前、誰だ…?」






場所は医務室から少し離れた多目的室。医務室に居る慧人と、晶を除いた10人が暗い面持ちで姿を揃えていた。原因は一度に大量に血を失くしたことによる記憶障害だろうと十六夜は言う。自分の名前こそ分かってはいるがそれ以外は何一つとして覚えてはいなかった。時間が経てば、何かしらの出来事が起きれば全てを思い出すかもしれないがそれが何時になるかは誰にも分からない。

晶は行方不明、慧人は記憶喪失。
ただでさえ『彼の世界』に対しての戦力が不足していると痛感させられた矢先に起きたこの出来事は『此の世界』にとって、『imperial』の彼らに取ってもかなり重大な損失であった。

記憶障害そんな状態の彼を戦場に立たせる訳にはいかないと全員が思い、それを口にしていた。だがまるでそれを見計らったかのように主戦力クラスには遠く及ばないものの『彼の世界』の者の襲来。警報音が建物の中に響き渡り、それと合わせて忙しない足音が扉の先の慧人の耳に届いていた。何があったのかと窓の外に向けていた視線を足音のする方へと向ける。それから間もなく医務室には焦燥した様子の暁が姿を見せ、『暫くはここにいろ、絶対に外には出るな』と慧人には有無を言わせぬままに告げて足早に飛び出て行った。

遠ざかる足音、窓の外から聞こえる人の悲鳴こえ
ハンガーに掛けられた『自分の軍服』。
その傍に立て掛けられた1本の剣。
何も知らないはずなのに、何も覚えていないのに、今置かれた外の状況に何故か息が苦しい。

ーーー行かなければ、『彼ら』と共に戦わなければ。
理由は分からないけれど、頭の中で『誰か』がそう言っているような気がした。暁に言われたことなど既に忘れ消え去ったかのようにゆっくりと立ち上がると軍服に手を伸ばす。
慣れた手つきでそれに身を包み、帯刀して、誰も来ないのをいいことに医務室を慧人は飛び出した。

城内を出て人気ひとけの多い街中を目指して足を進める。近付けば近付く程にその悲鳴は大きくなっていった。積み重なった瓦礫、燃えて炭になった木々、抉れた地面。その道中にはつい先日の主戦力クラスが襲撃した日の痕跡がまだ痛々しく残っている。思わずそこで足を止めてしまった。

誰かにそうだと言われたわけでもないが、何か大事なことを忘れてしまっている自覚はある。
この光景に、聞こえてきた警報音に、この張り詰めた空気に。身に覚えがあまりにもあり過ぎて『何も知らないこと』に違和感を覚えるぐらいだ。

戻ったら例えどんな顔をされたとしても話を聞こう、そう心に決めて先を急ごうと半歩踏み出した時だ。がさり、と茂みが揺れる音がしてその茂みの中からゆらりと黒い影が姿を現す。

人の形に限りなく近い。
だが見ているだけで心の奥を騒がせるような歪で気味の悪い異形の姿。
『あれ』が警報音の正体で、倒すべきものかと悟る。

それはまるで上から糸で吊るされているかのようにゆらゆらと揺れてその異形は地面を蹴った。


「!」


身体が勝手に動いて手馴れたように身構える。
腰に挿した剣を抜き、降り掛かった異形の一手を軽やかに屈んで避け懐に入り込むと、握った剣を左下から右上に掛けてまっすぐ振り上げる。避ける間さえ与えなかった慧人の一手は異形にとっては致命傷に当たる一手で、繋がれていた糸が切れたかのように地面に倒れ伏した。慧人が刃に付いた『何か』を払うように振ってから鞘に納める。それと殆ど同時に倒れた異形は黒い砂塵となって跡形も無くなった。


「………、あき、ら」


不意に浮かんで来た名前をぽつりと零す。
それが『誰』なのか、自分にとってどんな人なのかは分からないけれど。

消えない違和感を抱いたままその場を後にした。







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