Traitor von Lügner


「ーーーーどこに行く気だよ、アキ」


不意に後ろから聞こえてきた声に慌てて振り返る。左右2つに分かれた城を繋ぐ中通路に支柱として何本も立った柱の1本に腕を組み、寄りかかりながらこちらに視線を向けているその声の主ーーーー慧人。
呼ばれたのは晶。その表情にはどこか焦りを帯びているような、動揺しているような。目線を気付かぬうちに泳がせてしまっていた。


「……ケイ、こそ、どうしたの、こんなところで」
「別に、特にこれと言った用事があったわけじゃないけど」
「………そう」


心臓の音が五月蝿い。聞こえてきたしまうのではないかと疑うぐらいに身体中に響き渡った。
今日は凄く澄んだ夜空だった。夜も更けて大分経つ。誰もが寝静まった頃合だと思っていたのに何故か慧人だけはここにいた。彼が着いてきていることにすら気付かないぐらいに気持ちが焦っていたのだと思う。


「で、俺の質問には答えてくれないわけ?"どこに行く気だ"って聞いたんだけど」
「忘れ物を指令室に取りに行こうと思って」
「こんな時間に?」
「明日までに終わらせなきゃ行けないものだから、ね」

慧人の目が真っ直ぐ晶に向いている。また反射的に目を逸らした。すべてを見透かされているような気がして、考えていることが、自分自身の今の立ち位置がすべて伝わってしまうような気がして。
心のどこかで、そうか、と苦し紛れの言い訳じみた答えにあっさり納得して部屋に帰ってくれないかと思った。ここに居て欲しくない。出来れば早急に目の前から静かに姿を消して欲しい。
そんな願いが影響したのか、何故か冷や汗が出てくる。

慧人はその答えを聞くなり組んでいた腕を解き、小さく溜息を零した。寄りかかった身体を起き上がらせるとゆっくりと距離を詰めてくる。夜遅いと言うこともあるだろうが、静けさで溢れている中通路に慧人の歩く足音が反響する。
手を伸ばせば触れられるぐらいの距離まで近づくと、慧人は晶の左手首を掴み半ば力任せに自らの身体に寄せるように引っ張った。反射的に正面に顔が向くと鼻先が触れそうな距離に慧人の顔がある。


「ーーーアキ、自分じゃ気付いてないかもしれないけどな、嘘付くとき絶対に目を逸らす」
「っ、!」
「ずっと俺が気付いてないとでも思ったか?何年一緒に居ると思ってる、見てれば全部・・・・・・分かる…!」
「ケイ、っ、ケイ!!」


掴まれた手を振り払って、2、3歩後ろに下がる。
無意識下でやってしまう自らの癖に嫌気がさした。動揺が目に見えているだろう。違う、なんて今更言えるはずもない。こんなにも自分の行動で『それ』を肯定してしまっている。



「……だめだよ、何で、気付いて・・・・るの…?いつから『そう』だと思っていたの…?」
「………この間『彼の世界』の襲撃があった時からだ」


なんの予告もなく、突然始まった『彼の世界』の襲来。結界が破られたことも知らなければ 気付きもせず気付いた時には既に始まってしまっていた。『imperial』全員が出動する事になったあの日から慧人は『そう』ではないかと疑っていた。
突然の出来事に届く伝令は全てパニック状態送られてくるもの故に実に曖昧で人によって言い分が変わっていた。誰がどこに、どうやって、何をしているのか。それすらまともに伝わらない状況だった。その場所を探す為に、確実な情報が回ってくるまでは自ら街中を駆け巡る以外の方法はなかった。

だがしかし。彼だけはーーー晶だけは。
侵入した経路を、破られた結界の場所を知っていたのだ。真っ先にそこに向かい、これ以上の侵入がないように食い止める役割を果たしていた。勿論そうしろと指令も伝令もあったわけではない。勘が当たったと言えばそれまでかもしれないが、慧人にとってそれが妙に気がかりだった。
あの状況では誰も気に止めやしないだろう行動とは言え『出来すぎた勘』が頭に残る。

それが残ったまま今に至っていた。


「それがただの俺の思い違い・・・・ならそれでいい、疑ったことを謝る。だからちゃんと答えろ」


「ーーーーアキ、お前は『彼の世界』の」


慧人が言葉を言い切るより先にその声の主の身体がゆっくりと倒れる。電力が駆け抜けるような一瞬の痛みが走った後に身体に力が入らなくなって崩れ落ちた。意識すらあるものの痺れているのか苦しげに息をしている。そうさせたのは晶ではない。気付いた時には慧人の後ろに揺らめく黒い霏のような塊がいた。それが下したものだった。

晶の耳に届いたのはその黒い霏の声。
ーーーー今のうちに仕留めろ、と。

静かに左指が大腿部に巻かれたレッグホルスターに触れる。その手が引き抜いたのは銀色の銃。
その銃口は真っ直ぐ慧人に向いていた。

慧人はぼやけた視界で晶を見上げる。
何で誰よりも苦しそうな顔をしてるんだよ、と言いたいのに声が出なかった。


「………、っ、ケイ、ごめん」


擦れた小さな声を掻き消すように1発の銃声が鳴り響いた。




◇◇◇


「ーーーーもう充分だろ、これ以上深入りは不要だ」


月明かりすら届かないような森の中。あのまま逃げるように走り回って身を隠す為にここに入った。黒い霏もついてまわってくる。
取り憑いているかのように身体が重く感じる。どこからともなく聞こえてくる黒い霏の声が耳障りに聞こえてくるぐらいには晶の感情がぐちゃぐちゃだった。


ーーー大事な幼馴染みだったのに随分と酷い事をする。

「あんたがやれって言ったんだろ、それに、交換条件の1つに入っていたことだ」

ーーー"誠意の証に仲間を殺せ"と言う条件か。 本当に殺せていれば・・・・・・いいのだがな。

「見縊るな、僕が外すわけがない」

ーーー"大切な仲間"なのにか。

「っ、いい加減にしろ!もう『imperial』とも、慧人とも関係ない!だから早く連れていけ」





「ーーー『彼の世界』に」



晶は振り返りすらしないものの、彼の後ろには何倍にも膨れ上がった黒い霏が彼を今にでも飲み込みそうだ。
いいだろう、と言わんばかりにゆっくりと伸びた霏が少しずっと彼を覆っていった。




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