Be overwhelmed



冷たい風が頬を撫ぜる。辺りはもう暗く、月明かりが明るく照らしていた。
そんな風に乗ってくる臭いはどこか血生臭く、焦げた臭いが鼻をツンと刺した。燃え盛っていた炎も殆ど鎮火し、悲鳴で溢れていた街中は今度は悲しみの声で溢れかえっている。それは街の最奥に位置する彼女達の本拠地であるレンガ調の城の屋上から見える景色だ。
こんな光景を見る日が来ることを覚悟はしていたつもりだったが、信じていなかったんだろうな、とふと思う。ほんの数時間前にもっと酷いものを見て、もっと酷い臭いに囲まれていたのだけれど。この臭いが、目の前に広がる光景が、忘れたくとも忘れられない現実を彼女に突きつけて来た。


どのくらいここにいるんだろうか。
どのくらいここで、『世界』を見ていたんだろうか。
長い長い1日がもうすぐ終わる頃だろうか。
時間の感覚が狂ってしまったのかそれすらもはっきり分からなかった。

指先は、冷たい。
身体の芯まで冷えきってしまったかもしれない。
だが何故かここから動く気にはなれなかった。なれないうちに、時間だけが過ぎて行っていた。


「なぁにやってるの、真琴」
「ーーー、梨乃」


不意に聞こえた声に視線を向ける。屋上と室内を繋ぐ扉に寄りかかりながら名前を呼んだ本人ーーー梨乃は、冷たい風に思わず苦言を零しながらコツコツと革靴の音を鳴らして真琴の隣に腰を下ろした。


「いつまでここにいるつもり?いい加減部屋に戻って休んだら?」
「………」


真琴は小さく首を振るって、分からない、と呟いた。いつまでと聞かれても気が済むまでとしか言えない。そんな返事が返ってくることを予想していたのか、梨乃はステンレス製のタンブラーを2つ隠し持ってきていて、そのうちの1つを真琴に差し出す。タンブラーを受け取り蓋を取ると同時にふわり、と優しい紅茶の匂いが湯気と共に舞った。


「女の子は身体冷やすのは良くない、って琴羽が言ってたよ。落ち着けって言いたい気持ちも無くはないんだけど、落ち着けないのはあたしも同じだし…」


困ったように笑う梨乃の右頬にはガーゼが貼られている。それはつい先程ーーー突然襲い掛かった『彼の世界』の侵略者との戦闘で出来た傷だった。『此の世界』は『適合者』の特殊能力の掛け合わせで出来た大きな結界で守られていた。故にただの『彼の世界』の侵略者では立ち入ることも出来ない"はず"だった。仮に主戦力クラスが来たとしてもその警報は必ず来るもので、過去来なかった試しはない。
ーーー今日の、つい先程までの話だか。

『imperial』の12人『全員』が表立って出てくることは殆どない。何かがあったとしてもうち何人か多数の『適合者』と『imperial』の数名が出て処理をして終わりであった。
だが今回に至ってはそうではなかった。まず初めに、『彼の世界』の侵略者の接近及び侵入に関しての警報が全く起きなかったこと。そして主戦力クラスが初めてこの場所に降り立ったこと。何の警報もなく突然訪れた彼らは静かにひとつ、生命を散らしていた。

初めて結界が破られた。
初めて『適合者』が総出陣した。
初めて『imperial』が全員表に出た。

そして初めて『此の世界』に『彼の世界』に抵抗したが故の大きな爪痕が残された。
幾多数の生命がこの半日で奪われた。『適合者』も『それ以外』も。
目的を果たしたからと言って姿を消さなければ今もまだ争いは続いていたかもしれない。
もしかしたら壊滅状態だったかもしれない。

『imperial』こそ全員無事ではあったものの、無傷でいられる筈もなく城の中も痛々しい音と血生臭い臭いで溢れかえっていた。目に焼き付くような赤に足が震えていた。そして気付いた時には逃げるようにここにいたのである。


「ーーーー痛い、よね、その傷」
「 え、あ、うん、ちょっと。でもまだあたしは軽傷の方だからね。主戦力と当たった暁とか、慧人とかの方のがもっと酷いだろうと思うとあんまり痛いって言えないかな」
「………ごめん」
「…なんで真琴が謝るの?これはあたしのミス…」
「ーーーーっ、だって!!」


もう少し早く着ければ、
もう少し自分が強かったら、
こんな現実を少しでも変えられたかもしれない。
そう思わずにはいられなかった。


「私には、梨乃や愛那、他のみんなみたいに戦う為の特殊能力は持ってない。傷を癒すことと守ってあげることしか・・できない!こんなものを持ってるけど私には何も出来なかった。 守ってあげることも戦うことも、何も出来なかったんだよ…?」


目の前で消える生命をいくつ見ただろう。
自分も同じ様に消えるのだろうかと何度思っただろう。
もどかしい。
何も出来ない自分が、何も救えない自分が。
ぐるぐると色んな感情が巡り巡って身体の中で熱くなって、キャパオーバーして溢れかえった。


「ーーーそれは違うよ、真琴」
「……?」
「真琴は何も出来なくない、助ける事が出来る人でしょう!あたしには傷を治すことも守ってあげることも出来ない、あたしは『戦う為の特殊能力』だけど真琴は『救う為の特殊能力』だよ!」
「……それが出来ないんじゃ意味が…」
「でも真琴がいなかったら、もっと沢山死んじゃってたんだ!今よりもっと、もっと沢山の生命が無くなってた!」



「ーーー貴女が居たから守れた生命が、救えた生命があるの、それしか・・出来ないなんて言わないで…!貴女の特殊能力は他にはない『トクベツ』なんだから!」


静かに涙が頬を伝う。そのまま止まることを知らずにぼろぼろと零れ落ちた。
手に持っていたタンブラーは地面に落ちて、溢れでた中身が地面に大きな染みを作っていく。泣きじゃくる真琴の身体を、梨乃は真琴より少し小さな身体でぎゅっと優しく抱き締めた。


「怖いなら一緒に強くなろう、もっと沢山守ってあげられるように、救ってあげられるように。あたしはずっと真琴の傍にいる、隣に居るよ」


「ーーーだから今は、いっぱい泣いて、亡くした生命を一緒に悔やむ時間にしよう」




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