Has she loved him?
「……あの、あなたは」
どうやら長年の因縁の籠もった勝負は終わったらしかった。生き残った男の子、例のあの人についには打ち勝った少年が現れても、ナマエは変わらずにその腕にセブルス・スネイプを抱きかかえていた。
「…ああ、君が……ハリー・ポッターか」
少年は困惑を隠さずに、警戒するように恐る恐るこちらへ近付いてきた。
「セブルスからよく話は聞いているよ」
「……スネイプ…先生、から…?でも、記憶の中にあなたは……」
俯かせていた顔を上げた拍子に、頬を何かが伝った。もう全てがどうでも良かった。
「記憶ってのは、ペンシーブの中のもののことかな。……私なんか、そりゃ出てこなかっただろう。この子の中じゃ私の存在なんてその程度のものだったのだから」
「……ええと、あの?」
ぽたり、ぽたり。
ついには頬を垂れるだけには留まらなくなった涙が、地へと落ちた。
「……君は、恨み辛みなんてきっと今から嫌というほど聞くだろう、色々な人から。生き残ってしまった以上はね。…逃げるなら今の内だよ、私のつまらない愚痴から逃げるなら」
ハリーは困惑しながらもその場を立ち去ることはしなかった。聞かなければならないのだと、何故だかそう思った。
ハリーが逃げないと分かると、彼女は涙を拭おうともせずにぽつりぽつりと話し始めた。
「……酷い男だったんだ、彼は。真実酷い男だった。自分勝手で、我が儘で…一途だといえば聞こえは良いが、つまりその一つ事以外のことは全て顧みもしなかったってことなんだ」
息をするのも辛そうな呼吸音を交えながら、女性は喋り続けた。堪えていた何かを吐露するようにも、懺悔をするようにも見えた。
「…自分ばっかり勝手に、…罪を背負って、それを償って、一人満足して、誰にも何も悟らせずに。…遺された方がどんな気持ちになるのかも知らないで…いや、もしかしたら知っていて、それでも彼は死を選んだ」
「私が、君の頼みを断れる訳が無いと分かっているくせに」
「私にそれを選ばせた」
「一人だけ先に楽になるなんて」
「それでも幸せなのなら構わないと思わせるなんて」
途中から彼女の言葉の相手はハリーではなくスネイプに移っていた。ハリーには、どのような言葉も彼女に掛けることはできなかった。
ぽたり、ぽたり、垂れて落ちる涙は尽きることが無いように思えた。
「……誰が彼を許しても、私だけは許してやらない」
その言葉を最後に、二人の姿はふっと掻き消えた。ハリーは慌てて二人を追おうとしたが、それは無理なことだった。血の跡だけを残して二人はまるで最初から存在しなかったかのように掻き消えていたのだ。
Has she loved him?
(彼女は彼を愛していたのだろうか?)
(そうなら良いと思う。一人くらい、彼の為に泣く人がいなければ)