Happy Ending
血のこびりついたローブは捨ててしまった。魔法で綺麗にできないことも無かったけれど、あの戦いに関わったもの、ヴォルデモートに関わったものはすべて、スネイプの代わりにナマエがひとつ残さず捨て去った。
そして、真っ白なシーツの上。もう二度と目を開かなかったかもしれない彼が、ゆっくりと目を開いた。
「……リリーに、会った」
―――嗚呼、彼は知っているのだろうか。彼のその言葉にナマエがどれだけ衝撃を受けたのかを。息もできないほどの苦しさに胸を掻きむしられたのを。
生死の縁を彷徨って、やっと目が覚めたかと思えば第一声がそれだなんて、もう色々な意味で泣きたい。どうあがいても結局リリーには勝てない。ナマエの中では既にアイリーンよりもスネイプの占める位置が大きくなっているというのに。
「………ああそう、まあ、君死にかけで三途の川渡りかけだったものね。会ってもおかしくないんじゃない。元気だったの?」
平然と言葉を返すのにはかなりの気力が要ったけど、死に上がりでまだ呆けているスネイプは、ナマエが不自然に言葉を詰まらせたことを不審には思わなかったようだった。しかし返事はなく、スネイプは口を噤んだままどこか遠くを見つめている。
彼女は元気だったのか(死んでいるのに元気というのもおかしいけれど)、未練は残っていないのか、ちゃんと赦してくれたのか。知りたくないわけではなかったけれど、スネイプがそれらを自分の胸だけに秘めておくであろうことは伊達に短くない付き合いでもう理解していた。
「……………アイリーンには?」
思いついて問うたその言葉に、スネイプはぼんやりとした顔をナマエに向けた。心底不思議そうな顔をしている。
「……考えもしなかったって顔だね。全く、仮にも自分の母親なのに、酷いやつだな」
スネイプは何も言わなかった。そういえば怖くて聞くことができていなかったから、スネイプが母親を、アイリーンを憎んでいるのかどうかをナマエは知らない。
「………何故、」
「ん?」
「何故、生かしたりした」
掠れた声は疲れ切っていた。為すべき事を為し遂げて、走りきって、もう愛しい人のもとで休んでしまいたいと希う声だった。ナマエは最期の最後にスネイプが何を望んでいるのかを本当は知っていたし、叶えるつもりだったし、叶えたつもりだった。
けれど彼は生きていた。
それはナマエにも予想外のことだった。
「もう休ませてくれると言ったのに、何故生かした」
「………何言ってんの。私は、君を死なせてあげるなんて一言も言ってないだろう。ゆっくりお休みって言ったんだ。もう“ゆっくり休んだ”ろう?」
わざとにっこり笑ってやると、スネイプは苦々しい顔をして溜め息を吐いた。その表情をもう一度見られたことに、とてつもない喜びを感じる。
「大丈夫だよ。君の汚名なら、君の愛し子が晴らしてくれていたから。さ、もう一眠りおし。生きてはいるけど死にかけなんだから」
「………誰が愛し子だ、誰が」
「ハリー・ポッター。間違っちゃいないだろう?」
先程よりも酷い顔をしながら、スネイプはそれでも目を閉じた。
最期の最後、冷たくなってゆく体を抱えて、子どものように泣きじゃくりながら、ナマエは何も考えずに姿くらましをした。辿り着いた先はスピナーズ・エンドの彼の生家だった。彼と、そしてアイリーンの。
彼が何故生きているのかはナマエにもよく分からなかった。ベッドに清潔なシーツを敷いて彼を寝かせた頃には、何故か首元の傷は癒えていた。はっとして手元のクリスタルの小瓶を確認すれば、図ったように中身は空だった。偶然か、それとも無意識の内に彼を死なせまいと手が動いたか、あるいはそれ以外の何か別の力が働いたのか。
もうどうでも良かった。とにかく彼は生きているのだから仕方ない。もう一度目が覚めて元気になったらまたくどくど言われるかもしれないが、それも仕方ない。
「大体ねえ、スネイプ。…大切な人に生きていて欲しいと思うのに、理由なんてないんだよ」
眠っている時でさえ苦しげに寄せられている眉間のしわを撫でさすってやりながら、ナマエはぽつりと呟いた。恐らく彼はそれを聞いていたならまた眉間に皺を寄せて、「何と勝手な」とか何とか呟いたのだろうけれど。
「……まあ、君は頑張ったんだから……今はゆっくりお休み。愛しい子」
その額にそっとキスを落とす。眉間の皺はようやく消えていた。
Happy Ending
(めでたしで結ばれる物語)
-END-