兄が弟になった日
何とか自分が工藤新一だということを阿笠博士に信じさせた江戸川コナンは、また別の問題に頭を抱えていた。妹への対応をどうするかについてである。
とりあえずは博士に口裏を合わせてもらって博士の家に居させているが、いつまでもそれで持つわけもない。
「あーどうすっかなー」
「とりあえず顔だけでも見せてやったらどうじゃ?」
「バーロー、あいつはオレのガキの頃の姿も知ってんだぞ?つーか流石に家族にばれねぇわけねーだろ!」
「じゃがのぅ…」
「…オレがいなくなって、あいつの様子はどうなんだよ」
「どこか落ち着きがないというか…やはりいつもとは違う感じに見えるがの」
むむむ、とコナンは顎に手をやって考え込んだ。
「いつまでも連絡しねーと父さんたちにまで話が回りそうだしな…」
「それに関しては、暫く様子見るつもりだから心配しなくていいよ」
「ああそうか……って、ナマエ!!?」
「ボリューム下げて、お兄ちゃん」
ランドセルを背負ったまま、いつの間にか背後に立っていたナマエに、コナンは心底驚いた。まだ何の案も浮かんでいないと言うのに。いや、待て、いまこいつ何て言った…?
「ただいま博士。鍵開いてたよ、不用心じゃない」
「お、おお…。今日は早かったんじゃな、ナマエくん」
「午前中授業だったの。朝言ったよ。ついでに買い物もしてきたから」
「そ、そうか…」
すっかり博士宅での生活も馴染んでいるようだ……じゃなくて。
「お、お、お兄ちゃんってだーれ?ボク、お姉ちゃんとは初めましてだよ!」
「……きもちわる」
精一杯子どもぶったセリフを一言で撃破されて、コナンの心は打ちのめされた。いや、妹は思春期なんだ。兄と妹なんてこんなもんだ。いやいやそうじゃない、何でまだ何も言っていないのに知られているのか。
「ひ、ひどいなー。そうだ、ボク江戸川コナンっていうんだ!お姉ちゃんは?」
「……いや、お兄ちゃんでしょ?」
「え、お兄ちゃんってだーれ?」
「白々しすぎる」
「な、何のこと?」
「やめてよお兄ちゃん。中身が男子高校生だと思うと痛々しすぎる」
「…どうしてボクの中身が高校生だと思うの?」
「だってお兄ちゃんでしょ?」
コナンは押し黙った。いくら何でもばれるのが早すぎやしないか。
「何でボクのことお兄ちゃんだと思うの?勘違いだと思うよ!だってボク、小学一年生だよ?」
精一杯子どもぶった声を作って、飽くまでも白を切ってみる。ナマエは事もなげに答えた。
「さっきの会話、丸聞こえだったよ。なんか危ない目に遭ってるんでしょ?もう少し警戒心持った方がいいんじゃない、お兄ちゃん」
「………………」
にべもない。
「江戸川コナンて…江戸川乱歩とコナン・ドイルの混ぜ合わせ?いくら何でももう少しあるでしょ…」
「う、うっせーな、時間がなかったんだよ!……あ、」
「はいはい隠しても無駄無駄。お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ」
普段の兄妹のノリで思わず返してしまったコナンは、慌てて口を塞いだが、時すでに遅し。ナマエはランドセルを置いて、ごそごそと買ってきたものの整理を始めた。
「……あーもうくそっ!何で分かんだよ?フツー体が縮んだなんて信じねーっつーか信じられねーだろ!」
「だってお兄ちゃんだし。うちの家族いろいろ規格外だから、まあこんなこともあるかなって」
「あっさり信じるオメーも規格外だっつーの!」
まあ、普通に考えて人が縮んだなんてことをあっさり信じられるわけはない。
ナマエがそれを信じたのは、予めそれを“知って”いたからだ。読んでいたといってもいい。
「……とうとう始まったかー」
小さく呟いた声は、誰にも拾われることなく消えていった。