そこに

「お前、眼鏡どうしたんだ」

「あ、割れちゃ…いました」

 廊下を歩いていると、時々そんな風に声を掛けられた。ハンカチにくるんだ眼鏡の残骸を見せるとみんな納得したように通り過ぎていったけれど、中には怪訝そうな顔をして立ち止まる者もいた。とある人が、「お前非番だろ」と言って官舎?宿舎?までは案内してくれたのだけど、女子寮までは入れない、とかで置き去りにされたのが数分前。

「どうしたの、メガネ」

「えーっと、さっき割ってしまいました」

「ミョウジ、そんな喋り方だったっけ?」

「え?え、いやぁ」

 しまった、同期とかだったのかな。取り敢えず無難に敬語でいってみたのだけれども。 えーとえーと、と頭をフル回転させる。

「じ、実は眼鏡なくてあんまり何も見えなくて。顔も見えてないんです。先輩か後輩かも分からないからタメ口使うの怖くて」

「ふーん?」

 声で分かりなよ、と呆れたように言いながらも、特に不審に思われなかったらしい。彼女も同じように通り過ぎていった。ああ、どうしよう。そういえば私今どこに向かってるんだっけ。

「あの、」

 その辺にいた、同じくらいの歳っぽい女の子を呼び止めてみる。知り合いであれ!できれば程々に仲の良い、けれど親しすぎない程度の知り合いであってくれ。親しすぎたら不審に思われるから。

「ごめんなさい、あの、私の部屋って知ってる?」

「知らないけど…どうしたの?」

「いや、その…あ、眼鏡割れちゃって。何も見えなくて困ってるんだ」

「え、それは困ったね」

 彼女は気の毒そうな顔をして、その辺にいた他の女性士官を呼び止めた。

「ねえ、この子の部屋知らない?」

 そんなことを何度か繰り返して、漸く辿り着いた私の部屋。そこまで汚くも綺麗でも無く、私の現実世界のアパートと同じ感じだった。そして二人部屋らしい。女の子の部屋らしくもなくかなり殺風景だけれど、まあ兵士ならそんなものか。同室の一人は外出中のようだ。私はベッドに腰掛けて、割れた眼鏡をそっと横に置いた。何か都合よく日記とかないかな。

「……んー、無いか。やっぱり」

 日記なんて書くようなガラじゃない。どうやらここの私も名前はナマエで合っているようだし、周りの会話を聞いている感じ私と大きな違いは無さそうだった。それにしても殺風景な部屋だなぁ。
 そういえば私、見た目はどうなっているんだろう。誰にも何も言われなかったから、“ナマエ”はずっと前からここにいて、アメストリス国軍の兵士をしているのだろう。口調にも性格にも特に違いは無いようだし。外見はどうなっているんだろうか。ここ鏡とかあるのかな。いやあるよね。

「まぁいっかー」

 ぼけーっとしながらベッドでごろごろする。
 このままここに馴染んでもいい気がする。何か違和感なく溶け込めちゃったし。

「……って訳にもいかないわ。何言ってんだ私、戦争とかに行かされたら死んじゃう」

言いにいかなくては。
(誰に、何を?)



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