オオカミ男の焦燥

「しーまーがーみーえーたーぞー!!」
「………なぁ、それは必ずやらなきゃいけないのか?」

二日酔いのくせに大声で叫んだクルーを横目に、ナマエは気怠げな声を漏らした。当然だ!とそれに返したのは同じく二日酔いで頭を押さえているくせにこの上なく楽しげに笑っているシャンクスだった。

「久々の上陸だ、喜ばんでどうする!」
「…あァ、そうだな」

まあこの男が嬉しそうで何よりだ。

それにしてもちょうど良いタイミングだった。満月まではあと二日しかなかったし、ベックマンが黙ってくれているとはいえもうそろそろ潮時な予感がしていたから。

港について、最初のうちは少しばかり怯えたような顔をしていた村人たちともシャンクスの人柄のおかげでうち解けた辺りで、ナマエは自分がこの村とこの村にいるであろう少年を知っているということに気が付いた。

「…フーシャ村?」
「ああ。いい村だ、酒がうめェ!」

マキノという酒場の女主人や、村長と呼ばれている男、そしてのどかな街の景色。どれもどことなく見覚えのあるもので、それじゃルフィもいるのかと思い至ったところで、ナマエはもうひとつ大事なことを思い出した。

「…シャンクス、の、」
「んあ?おれの、何だ?」

右腕だったか左腕だったかは覚えていないが、とにかく、シャンクスの片腕がここで失われる。というか原作が始まる。まさかこんな急に。まだ心の準備ができていないというのに。

「…まじか、うわ、もうそんな、……やばいな」
「いやだから何がだよ」

シャンクスが怪訝そうにこちらを見ていたけれど、こうしてはいられない。それにもうそろそろオオカミ化を抑えるのも限界だ。

「…ちょっと、散歩してくる」
「…ああ、気を付けろよ」

満月の前後にナマエが消えるのはもう周知の事実だからか、シャンクスは微妙に納得していなさそうな顔をしながらも見送ってくれた。

…そういえば今更だが、仲間たちはナマエが消える理由を何と思っているのだろう。誰も事実は知らないはずだが、時々噂されているのは知っている。古株などは新入りに、あいつは吸血鬼なんだとかいう強ち外れでもなかったりする噂を吹き込んで面白がっていたりもする。
シャンクスは、何と思っているのだろう。

「…明後日の夜あたりは、一緒に飲むぞ」

飲もうぜ、では飲むぞ。決定事項の伝達の如くそう言ったシャンクスに、ナマエは少しだけ笑って、ふらりともう薄暗くなってきている街の外れへ足を向けた。

確かここには、コルボ山とかいう誰も近寄らない山があったはず。…エースとかサボと合わないように気を付けなきゃな、そんなことを思いながら、ナマエは耐え難い喉の渇きを必死で抑え込んでいた。

そしてナマエは、夕闇に消えた。





「ナマエ、どーこ行っちまったのかなァ」
「なぁ。ルフィともまだ会ってねェんじゃないのか、あいつ」
「ナマエって子供好きだよな。勿体ねェ、折角ルフィがいんのに」
「そのうちふらっと帰ってくるって。前もこんなことあったじゃねェか、散々人を騒がせておいて出航の直前になって帰ってきてよォ」

ナマエが姿を消してから一ヶ月が過ぎた。明日は、この村へ着いて二度目の満月だ。
楽観的なクルー達と反対に、シャンクスの表情は曇っていた。その様子に気付いたベックマンが隣に腰掛ける。

「お頭、」
「…散歩が終わったら一緒に飲むぞって、おれは言ったんだ」
「ナマエは肯いたのか?」
「…………いや」

何だか胸騒ぎがする、シャンクスは浮かない顔で酒を呷った。らしくもないとベックマンは溜息を吐いた。

「あんたはどっしり構えてろ、お頭」

あー、と気の抜けた声を出してカウンターにべたりと頬を付けたシャンクスの後頭部を軽く叩いて、ベックマンは取り出した煙草に火を点けた。

「…何だお頭、寝るのか。仕方ないな。ところでヤソップ、お頭が寝ちまったところでひとつ話があるんだが、いいか」
「おい、おれは寝てなんか…」
「ちなみにナマエから“お頭には”話すなと口止めされてる話でな」

頭を起こしかけたシャンクスをもう一度カウンターへ沈めてから、ベックマンはにやりと笑った。

「だが、その他については何も言われてねェからな。…たとえば、寝てると思ってたお頭がうっかり起きてたり、他のクルーからうっかり話しが漏れたりする分には、まァ仕方ねェ話だ」

ベックマンが詰まるところ何を言いたいのかを理解したヤソップもにやりと笑い、シャンクスを挟んでベックマンの傍へ座った。

「そうか、そりゃ仕方ねぇってもんだ。いやーしかしお頭も困った人だ。こんなところで寝ちまうとはなァ。すまんなマキノさん」
「いえ…」

カウンターの中にいるマキノは可笑しそうにふふ、と笑った。一度も顔は見ていないけれどナマエの事なら話に聞いている。シャンクスは話を理解した時点でカウンターへと臥せって聞き耳を立てていた。

「で、話ってのは何だ?」
「ああ…」

そして話し始めたベックマンに、気が付けば赤髪海賊団の殆どのクルーが耳を傾けていた。

――――という訳だ」

話し終えた時、あいつそんなこと隠してやがったのか、と仲間たちが怒ったり笑ったりする中、シャンクスはカウンターに顔を伏せたままで拳を握りしめていた。

「…まあ他にもあるんだが、後は本人に聞いてやれ」

ベックマンが話したのは、ナマエがオオカミ男であり、自分では能力を制限しきれないから月夜の晩になると自分で自分を縛めて閉じこもる、という話までである。それとナマエが自分のことを化け物だと言っていたことまで話したが、仲間の中には誰一人ナマエを気持ち悪がったりする輩はいなかった。だというのに、未だにシャンクスの顔は晴れない。

「…何だ、あんたは化け物のナマエなんか船に乗せられないとでも思ってんのか?」
「んな訳あるか」

しかしその声には明らかな怒気が含まれている。一体何に怒ってるんだか。ベックマンはふ、と紫煙を吐きだした。

「普段のあんたなら、何でこんな面白ェことを黙っていたんだ、とでも怒るところじゃねェのか」

面白いものでも見ているかのようにベックマンの口の端がつり上がった。ナマエには勝てないが、ベックマンとて伊達にシャンクスと共に時を過ごしていない。

「何拗ねてんだ、お頭」

まるで子供みたいだ、とベックマンは煙を吐き出しながら笑った。



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