オオカミ男の懇願

次の満月が来ても、船から降ろされるなんて話は出なかった。どうやらベックマンは約束を守ってくれているらしい。

「…そろそろ潮時か」
「何が潮時なんだ?」
「…!…急に後ろに立つなよ、びっくりするだろ」

ほぼ耳元でナマエに声を掛け驚かせた犯人はこの船の船長だった。赤い髪の輝きが今はどこか心に突き刺さる。…この男の傍に居たい。それは紛れも無い本心からのナマエの願いで、けれどもしかしたら状況如何においてはもう叶わなくなるかもしれない、儚い願いだった。

「で、何か企んでんのか?潮時って?」
「いや、別に」
「怪しいなァ」

シャンクスはどうやら逃がしてくれそうにない。ナマエは溜息を吐くと、どうしようかと少し視線を彷徨わせた。

「………部屋に」
「ん?」
「部屋に、長いこと熟成させてる薫製があってな。ルゥからそれを隠してるのももう潮時かと思って」

一応嘘ではないことを言って適当に誤魔化す。納得したかどうかは分からないが、シャンクスはそれを聞くとにやりと笑った。

「そりゃあ良いことを聞いた。ナマエ、今晩はおれと二人で飲もうぜ」
「…半分こだぞ、全部は食べるなよ」
「っはは、ナマエはつくづくおれに甘いなァ」

そんなのはこの船に乗っている奴らは大概そうだと思うが、まぁそれは置いておく。そして去っていったシャンクスの背を見て、ナマエはもう一度溜息を吐いた。その様子を遠くから見ていたベックマンも似たように溜息を吐いていたが、ナマエがそれに気付くことは無かった。

結局、匂いでルゥにばれて、とっておきの肉はひとりあたり一口くらいしか回ってこなかった。自分の分を取られて落ち込んでいるシャンクスに分けてしまったので、ナマエの口には結局一欠片も入らなかったが、まあ仲間たちがこんなに喜んでくれたのなら良しとしよう。

そして何だかんだで結局その夜は宴になった。もう笑うしかない。

「全く、食糧も尽きかけてるってのに」
「大変だなぁ、ベック」
「今回のはお前のせいだ、ナマエ」
「えええーそれ八つ当たり」

どうせ秘蔵の肉があったって無くたって宴は始まるのだから。というかそんなことを言っているベックマンの手にもしっかりと酒の瓶が握られているのだからお互い様なんじゃないのかと思う。

ナマエはといえばもう結構飲んで酔っぱらっていたので、今は水を飲んで肝臓を休ませているところだ。

「あー、そういや前にもこんなことあったな。秘蔵の肉出してきて、二人でこっそり食べようとしたのに結局ばれて。あん時はバギーにばれたんだっけな」
「…ロジャー海賊団での話か?酔って昔話なんざ、まだそんな歳でも無かろうに」
「失礼な」

ベックマンはまた酒を呷ってくつくつと笑った。その横でナマエが水を呷ったタイミングで、甲板の方からシャンクスが「そういや昔も秘蔵の肉を食おうとしてよー」なんて昔話に興じている様子が聞こえてきた。どうやら同じ話を思い出したらしい。思わずほっこりしてしまうこの気持ちをどうしてくれよう。

「…どうやらお頭も歳らしいぜ、ベック」
「…そのようだな」

ふと見上げると、もう満月まであと僅かもないくらいまるまると太った月が目に入った。

「…あの頃は、まさかこんな風にずっと一緒にいられるなんて、思ってなかったなぁ」

化け物であるナマエを拾ってくれたのはレイリーだった。仲間には人助けなんて珍しいと散々からかわれながらも、きちんと面倒を見てくれた。そしていつの間にかシャンクスとバギーと出会い、まるで普通の少年みたいにじゃれ合って過ごした。

あの船の上で過ごした記憶は、今でも鮮烈にナマエの脳裏に蘇る。急にマンガの世界になんか来てしまって右も左も分からないわ、しかも何故かオオカミ人間なんていう訳の分からない生き物になっているわで本気で生きる希望も何もかも失ってしまった後にあんな幸せな思いをしてしまったから、きっと船を降りても一生忘れられはしないだろう。

「…情けない顔をしてるな、ナマエ」

酒をくいっと呷りながらベックマンがそう言った。自覚はあったので、船縁に顔を埋めることでそれを隠す。

「全部吐いちまえよ。楽になるぜ」
「ん?何だよナマエ、酔ったのか?まだ宴は始まったばかりだぞ、こっち来いよ!」

ベックマンの台詞をナマエが酔って吐きそうだと解釈したらしいシャンクスが後ろからそんな風に声を掛けたせいで、うっかり涙まで出て来そうになったので、ナマエはベックマンを盾にしてシャンクスの視線を遮った。

「………なぁベック」
「なんだ」
「頼みがあるんだ」

ふぅ、と紫煙を吐き出してベックマンはナマエに目を向けた。次にナマエが言いそうなことは、もう予想がついていた。



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