コナン

「んー、ここは、元の世界…?…いやでも、東京に米花町なんて地名あったっけ…?」

 限りなく現代日本に近い東京の風景に、ナマエは首をひねった。

「……いや待てよ、……米花に杯土って…名探偵コナンか!」

 現代というのはある意味へたなファンタジー世界よりも難易度が高い。何せ身分証明がないと何もできないうえ、戸籍を取るのがまずかなりの難関である。

「あー、とりあえず…どっかのサーバーに入って情報収集だな」

 BLOODY MONDAYの藤丸から盗み覚えたクラッキングもといハッキング技術の出番だ。ナマエはぐっとひとつ伸びをして、久しぶりの日本に街並みに溶け込んだ。



「まだ原作前かー。どうすっかなー…」

 ふむ、とナマエは顎に手を当てた。とりあえず、面白そうだから、将来の黒の組織の幹部の弱みでも握っておこう。

 そして数十年後。

「…なあ灰原、オレの目がおかしいのか?」
「……たぶん私にも同じものが見えているわ」

 コナンと、その後ろに隠れ、怯えながらも困惑する灰原。出かけた先でポルシェ356Aを見つけてしまい、更に何かの取引に向かうところであったらしいジンとウォッカを見つけてしまった二人の前に、どこからか颯爽とナマエが現れ、「隠れてな」と何とも頼もしいことを言ったのが数十分前のこと。

 二人の目の前では、ジンとナマエの死闘が繰り広げられていた(ウォッカは開始一分で沈み、隅に転がされている)。

「あっはっは、腕を上げたねージン君!だけど一発も当てられなきゃ意味ないな!それと知ってるかい?日本って銃刀所持禁止なんだぜ!びっくりだろ!」

 返事の代わりに飛んできていた銃弾が、止んだ。どうやら弾を使い切ったらしい。代わりにそこらへんに転がっていた鉄パイプを拾ったジンの目はどう見ても殺戮者のそれだった。隠れている二人のところまで殺気が伝わってきて灰原を怯えさせているというのに、ナマエはまるで余裕の態度で、柔らかな笑みを浮かべてすらいる。

「ジン君って鉄パイプ好きだよなー。組織のオールマイティがそれでいいのか?あ、オールラウンダーだっけ。体術はどうしたよ。ジークンドーとか空手とかできないのか?キャラ被るからって遠慮しなくていいのにー」
「…意味が分からねぇことをほざくな。その呼び方を止めねぇと殺すぞ、ミョウジナマエ」
「わー、ジン君にフルネーム覚えてもらえてたなんて光栄だなー。それじゃ何て呼べばいい?ジンの兄貴?ジンぽん?ジンちゃん?」
「………殺す」

 がっ、どごっ、がんっ

 およそ普通の裏路地には似つかわしくない物騒な音が響く。

「毎回毎回一体どういうつもりだ。オレの行く先々に現れて…」
「やだなー、そんなのジン君の成長が見たいからに決まってるだろー?」
「…ふざけるな」

 と、どこかに隠し持っていたらしい小さなベレッタの銃口がナマエをとらえた。陰から見守っていたコナンと灰原は息を詰めたが、ナマエはいやに余裕である。

「そんな物騒なもの向けるのは私相手だけにしときなさいね。例のあれ、知人関係者全員にばらまかれたくないだろ?」

 そのタイミングで、ようやくパトカーのサイレンが近づいてきた。ちっ、とジンは舌打ちをこぼしてナマエと間合いをとる。

 そうして二人の死闘は終了したのだった。



「ね、ねぇ、ナマエさん。例のあれって?」
「ああ、ジンの成長ダイアリーだよ。私は彼のおしめを替えたこともあるんだ。全く思春期からちっとも変わらない子だよ」
「そ、そう…」
「ま、ばらまかれたところで大した痛手じゃないはずなんだけどね。ベルモットに知られてからかわれるのが嫌なんじゃないか?」

 にこ、と事もなげに笑うナマエに、コナンは何を言えばいいのか全く分からなかった。


***


「おっじゃましまーす」

 誰もいない広い家に入りながら、ナマエは鼻歌を歌っていた。ここは工藤邸。自由に出入りしていいと言われているので、たまに掃除がてら本を読みに来ている。一人になれる場所として重宝していた。のだが。

(誰かいる…?)

 自分以外の人間の気配に、ナマエは息を潜め、完全に自分の気配を消した。こちらに気付かれてはいるだろうから、もう遅いかもしれないが。

(…しまった、この後の展開覚えてないぞ…なんかあったっけ)

 記憶を探ろうにも、時間がない。必死に記憶をたどるが、数千年も前に読んだ漫画の細部を思い出すのは無理があった。

「誰だ」

 廊下の角から現れた人物の声は、とても一般人のものではない。ナマエはそれを察した瞬間、その人物に向けて蹴りを放っていた。

「…っ!?」

 様子見の蹴りはぎりぎりのところでかわされた。手加減していたとはいえ、かなりの手練れらしい。行く先々の世界で鍛えられまくったナマエの体術を避けられるとは。
 もう一発蹴りを入れると、その人物が懐から銃のようなものを取り出すのが見えた。ますます怪しい。工藤邸にいて銃を持っている人物なんて心当たりがない。…たしか大学院生の居候なら居た気がするが。考えながら、ナマエは咄嗟にその銃を奪い、相手に銃口を向けた。

「この日本で、何で銃なんて持ってるのかな?」
「………誰だ」
「こっちの台詞だよ。新一君の留守中に何をしているのかな?考えたね、留守中のこの家に忍び込むなんて。灯台下暗しってやつだな」

 不審人物が両手を上げた時、ちょうど、ナマエの携帯が鳴った。ナマエは油断なく相手を見据えたまま、片手で携帯を取り出す。

「おや、ちょうどこの家の家主からだ。悪いけど報告させてもらうよ」
「………」

『もしもしナマエさん!?言い忘れてたんだけど、―――――』

 その場に、奇妙な沈黙が下りた。



 赤井秀一=沖矢昴の構図を忘れていたなんて、本当に、迂闊にもほどがある!ナマエは自分を張り倒したくなりながら、沖矢に気まずい笑みを向けた。

「いやーごめんごめん!なんか勘違いしてたみたいで!」
「いえ…誤解が解けて何よりです」
「でも何で銃なんか?あっ、もしかしてモデルガンかエアガン?いやー本物そっくりだねえ、騙されたよ!」
「…………」

 コナンからの電話で事情を察し、やっとのことで記憶を探り当てたナマエは、目の前の優男が実はFBI捜査官であることをようやく思い出したのだった。しかしもちろん何も知らないふりをする。

「……随分、お強いんですね」
「えっ?そうかな?まぁ昔はいろいろやんちゃしててね…嫌われたくないから、コナン君には内緒にしてくれると嬉しいんだけど」
「それは構いませんが…そういえば、さっき、この家の家主から、と仰いましたが、相手はコナン君でしたよね?この家の家主は、」
「あーーー、それね!うん、いや、いま家主不在でさ、鍵はコナン君が預かってるって聞いてたからつい!」

 全力でごまかしにかかるが、おもいっきり怪しまれている。赤井とは一度カルバドスを助けた時に対峙している。気付かれるかと思ったが、どうやら沖矢昴はナマエのことを完全に男だと思っているようだった。
 後はあの時の謎の女と自分がイコールで結び付けられないことを祈るばかりだ。
 ナマエは久しぶりにやらかしてしまった…と反省した。 



「彼は一体”誰”なんです?」
「え?沖矢さん会ったことあるよね?…赤井さんの時に」
「ええ……ですが、あれほどの人物だったとは…」
「あーまぁ、あの人はいろいろ規格外だから…」

 コナンは頬をぽりぽりとかいた。

「博士より年上らしいんだけど、よくわかんないんだよね。それどころか性別も…。まあ、敵じゃないことだけは確かだと思うけど…」

 あの容姿で、博士よりも年上で、性別すらも不詳とは。容易にベルモットを連想させるその事実のわりに、コナンの警戒心は薄い。

「ホー、君にしては随分曖昧な答えですね。そんな怪しい人物を野放しにしているとは…」

 工藤宅にて、こそこそと会話を交わす沖矢昴とコナン。ちょっとした事情で人並み外れた聴覚を持つナマエは、全部聞こえてる、と苦笑した。

「コナン君、沖矢君、何こそこそ喋ってるの?」
「あ、ナマエさん…!何でもないよ、この前貸してくれた推理小説について話してたんだ!」
「そっか。それより、勝手にコーヒー淹れさせてもらったけど、飲む?」
「ボクコーヒーなんて苦くて飲めないよ!あはは…」
「だいじょうぶ、シロップたくさん淹れておいたから」

 小学一年生がブラックコーヒーなんか飲むわけないだろ!と焦った顔をしたコナンに、ナマエはウインクをして見せた。

「わ、わーい、ありがと!」
「どういたしまして。…沖矢君は?どうかな?」
「…勝手知ったる、というわけですね」
「あ、もしかして勝手にサイフォン使ったのまずかった?」
「いえ。どのみち私の家ではありませんから」

 鋭い眼光を飛ばしてくる沖矢に、ナマエは内心で(隠すつもりあんのかこの人)とつっこむのだった。



「………えーと、沖矢君、一体何のつもりかな?」
「いえ、ちょっと、気になることがありましてね」

 ナマエは混乱していた。何せ、あの沖矢昴が、自分をソファに押し倒しているのである。中身がFBI捜査官と知っているナマエとしては、彼が冗談でこんなことをするとも思えなかった。

「……またヤり合いたいのかい?」

 初対面の時に軽く戦ったのを仄めかせば、沖矢は苦笑した。

「あの時は先手を取られましたが…今この状態なら分は私にあると思いますよ?」

 確かに。今のナマエは完全に沖矢にマウントボジションを取られている。向かい合ってからなら負ける気はしないが、押さえつけられている今、いいようにされる気しかしない。
 ナマエはたらりと冷や汗を流した。

「…………一体何のつもりかな?」
「何、少し調べさせてくれるなら、手荒な真似はしませんよ。……女性相手に、ね」

 最後に囁かれた言葉に、ナマエは状況を把握した。なるほど、自分は怪しまれていたらしい。性別を隠していることに不信感を抱かれたのだろう。…別に隠しているつもりはなかったのだが。

「…今ここで私の服をはぎとる気?」
「あいにく触れただけではフェイクかどうか分からないので」

 片手で押さえつけられたまま、もう片方の手がナマエの襟元に伸ばされた。

 焦りに焦ったナマエは――

―――――ッ!」

 沖矢に金的がクリーンヒットしたのと、玄関からコナンが現れたのは、ほぼ同時だった。

「おじゃましまー………って、二人とも、何やってんの?」
「いや、ちょっと、相撲を取ってたんだ。どっちが強いかってな。いやー沖矢君ったら本気出しちゃって!」

 表情に出さずに悶絶する沖矢の下からするりと這い出たナマエは、コナンに向かって笑って見せた。

「…そ、そうなの?昴さん大丈夫?」
「……っ、ああ、問題ない。どうやら少々調子に乗りすぎてしまったようだ」
「……」

 微妙に赤井の口調になっている沖矢に、コナンは一体何があったのかと冷や汗を流した。ナマエはあんなことを言っていたが、あれはどうみてもナマエが押し倒されているようにしか見えなかった。

「ボ、ボク読みたい本があるんだ。書斎に行ってるね!」

 とりあえずこの場にいるのは危険。コナンのその判断は賢明だった。
 コナンが去った居間で、昴はずれていた眼鏡を直しながらナマエの様子をうかがった。

「…そんな警戒されると悲しいなー」
「…………ボスといいボウヤといい、どうもあなたに絶対的な信頼を置いているようですが……どうにも怪しすぎる」

 ボスというのはジェイムズのことだろう。そういえば彼もナマエのことは男だと思っているのだった。

「男なのはもうこれが慣れちゃったからで…別に騙す気はなかったんだけど?」
「性別の話だけじゃありませんよ…」

 やはり赤井秀一ともなると、簡単には信じてくれないようだ。ナマエは困ったなー、と頬をかいた。



***



「ナマエさんて、銃撃てたんだ……」
「しっ、秘密にしといて!大人の私が日本で銃撃ったなんてばれたらめんどいから」

 人質にさらわれた少年探偵団を助け出すために、犯人から咄嗟に銃を奪って犯人の仲間に発砲したナマエは、冷や汗を浮かべながら必死で言った。

「ね、それより、もしかして赤井君てこのこと知ってた?」
「あー、たぶん。犯人の仲間の銃を撃ち落としたの、赤井さんだと思うし」
「だよなー…うわー、手ぇ出すんじゃなかった…絶対見られたよ。どうしよう。赤井君絶対怪しむよなー」
「…あー」

 昔からナマエを知っているコナンとしては、今更この人が何をしたところで、まあナマエさんだし…と済ませてしまうが、最近知り合った赤井はそうもいかないだろう。

「でも実際、何で銃なんか撃てるの?」
「小学一年生が撃てるよりは不思議じゃないだろ?」
「………うん、まぁ」



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