ツバサ

「やあ、久しぶり。三千年ぶりくらいかな?まあ、過ごした時の流れは違うんだろうけどね」

「………相変わらず規格外だな、テメーは」

「えっとここはー、ああ、桜都国か。楽しいところだね」

 街角で急に現れた不審人物に刀を向けた黒鋼は、相手がナマエだと気づいて刀を下した。しかし警戒は解かない。

「来たことがあるんですか?」

 小狼も、急に現れたナマエに驚きつつ、言葉をかわす。

「いや。まあ、でも、有名だからね」

 ナマエはあいまいに笑った。



「ふーん、じゃあ、情報を集めてるんだね」

「はい。ナマエさんは何かご存知じゃないですか?」

「んー、どうかなあ、どの情報がどれか分からないうちに口に出すのはちょっと危険だし…」

 知らない、とは言わないナマエに、黒鋼は眉を顰めた。やはり胡散臭い野郎…いや、女だったか。

「それに、私は一人だから鬼児狩りにはなれないしね」

「そうですか……ずっと一人で旅を?」

「うん、でもあちこちに一方的な知り合いがいるから。そんなに寂しくはないよ」

 それでも、その笑みは寂し気だった。



「あっ、いいなー、私もお酒飲みたいー」

「…気ままな一人旅なら、好きな時に飲めるだろうが」

「うわー分かってないね黒わんこ。酒は誰かと飲むからおいしいのにー」

「あはは、黒わんこって言われてるー」

 黒鋼と小狼についてきたナマエは、結局しばらく四人とモコナのもとに世話になることになった。部屋もあまっていたので。
 黒わんこ、とナマエが言い、ファイが笑ったその瞬間、刀が飛んできた。しかしそれをあっさりと避けたナマエに、黒鋼から舌打ちが漏れる。

「うわっ、ちょ、今結構本気だったでしょ!避けなかったら心臓にささってたよ!」

「どうせ避ける奴が言う台詞じゃねぇ」

「こっわ!黒鋼ってこんなだっけ!」

 黒鋼としては、自分より強いかもしれない相手に遠慮などする必要もないので。
 と、ふと思いついて、黒鋼は酒を呷りながら興味半分に訊いてみた。

「…テメー、刀は扱えるのか」

「え?うーん、どうだろ。一応扱えると思うけど、ここ最近やってないしなあ」

 彩雲国ではみっちり鍛えられたが、その後は主に銃を使う世界が多かったので、最近はとんと鍛錬もしていない。バルサと短槍で軽く手合わせをしたこともあったが、あれも刀とは違う。

「何で?」

「……手合わせ願おうかと思ったが」

「は!?何を思ってそんなことになんの!?やだよ、私黒鋼に破魔・竜王神!とかされたら吹き飛ぶ自信あるもん」

「ちょっと待て、テメーの前でやったことねぇぞ。何でそれを知ってんだ」

「あ。……まぁ、ちょっとね」

 こういうところが胡散臭いのだ。

 そして、その後、お約束のように乱痴気騒ぎになった一行に、ナマエは微笑ましい視線を向けた。

「いやー、みんな楽しそうだねぇ」

「見てねぇで手伝え!姫を部屋に戻してこい!」

「あー、流石の黒鋼もサクラにはたじたじなんだねぇ」

 か弱い少女を乱暴に扱う訳にもいかない。それを知りながらただ笑うナマエに、黒鋼は苛立たしく舌打ちをした。

「わ、怒んないでよ。わかったわかった、サクラは私が着替えさせてベッドに寝かせるからー」

「着替え……あぁ、別にいいのか」

「おいおい、まだ私の性別疑ってんのかい?…なんなら証拠見せたげようか」

 ふっ…と熱い吐息を漏らして、着物の袷に手を掛けたナマエに、黒鋼は「ふざけんな!」と返した。頬を赤らめることこそなかったが、動揺しているのが丸わかりだ。

「意外と初心なのかー」

「いいからさっさと行け!」

「はいはい。ファイとモコナと小狼のお相手がんばってー」

 ひらり、手を振ったナマエは、サクラを抱えて颯爽と去っていった。ファイと違って引き際は早い。黒鋼はむしゃくしゃした気持ちを、いまだに酔って逃げ回るファイにぶつけることで解消したのだった。



「あ、飲み直すのか」

「あんなんで飲み足りるかよ」

「だよねー。ご相伴にあずかっても?」

 勝手に飲めばいいものを、妙に律儀に尋ねてくるナマエに、黒鋼は無言の肯定を返した。ナマエは嬉しそうにいそいそとグラスに酒を注ぐ。

「…イケる口か」

「んー、まあ、なんせ周りに酒豪が多くてね」

 彩雲国では黄仙に付き合わされ、ワンピースでは海賊どもに付き合わされ、いつの間にかナマエ自身も酒豪と言って差し支えない程になっていた。

「でもあんまり飲むと後が大変なんだよなー。あーでもやっぱ誰かと飲むお酒おいしー。うーん、困ったなー。誰かさんは介抱してくれるかなー」

「…これみよがしに言ってんじゃねぇ」



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