奇特な優しさ

 旺季が部屋に戻ると、子どもは目を覚ましていた。あの悠舜が気まずげに黙って相手の様子を窺っているのが何とも面白い。

「目が覚めていたのか。悠舜、どうだ」

「筆談を試みましたが、めぼしいことは分かりませんね」

 紙には、名前とどこから来たのかを問う文章が綴られていた。分かりやすい文体、文字で。
 旺季はそうか、とうなずいた。もとよりすぐに何かが分かると期待していたわけでもない。

「茶を持ってきたぞ。食事は後で運ばるが、いいな」

「旺季さまのお邸ですから、お好きに」

 そう言って微笑んだ悠舜に、旺季はそうかと言った。茶碗を子どもの前、悠舜の前、自分の前にそれぞれ置きながら、二人の傍に座り込む。

「お前も、去年のことが嘘のように丸くなったな」

「……諦めたんですよ。旺季さまがあまりにしつこいから」

「こいつも早々に諦めてくれるといいが」

 去年一年、悠舜はさんざんにふてくされて旺季に当たり散らした。それもこの春、何だかいろいろ諦めて足を治すことに専念することにしたが。茶を啜りながら、悠舜はちらりと子どもの方を見た。子どもは茶碗に口を付けかねているようだ。

「ここへ置くんですか」

「とりあえずはな。少々厄介だから、他には置けんだろう」

「……厄介なのは手元に置くってことですか」

「別にお前が厄介だと言っているわけじゃない、悠舜」

「いいですよ今更。どうせ厄介です。というか厄介じゃないわけがないですからね」

 何せ姫家の唯一の生き残りなのだから。
 会話の合間に旺季も自分の茶碗に口を付け、中身を半分ほど啜ってから、まだ手の付けられていない子どもの茶碗と自分のものを交換した。子どもは旺季の手が近づくたびに微かにびくりと肩を震わせ、旺季の動向を一瞬も逃すまいと言うようにじっと見つめている。

「しかし、こいつはお前や晏樹とはまた違った意味で厄介そうだな」

「何せ言葉が通じませんからね。筆の持ち方はあっていましたから、そう文化が違う場所から来た訳でもなさそうですが」

「そうか」

 それからも旺季と悠舜が特に構わないまま子どもの傍で会話を続けていると、子どもは恐る恐る旺季が飲み残した茶碗を持ち上げた。旺季は気にしていないそぶりで子どもの動きを気配だけで追った。
 子どもは警戒している。怯えてもいるらしい。確かに殴ったのは悪かったが、最初はぐったりして旺季に身を預けていたくせに急に馬の上で暴れ出したのだからしょうがない。馬を暴走させるわけにもいかなかったのだから。

「飲むだろうか?」

「どうでしょう。脈拍も鼓動も少し早いのに発汗が見られませんし、爪の先を押しても色が戻りませんでしたから、脱水しているのは確かなはずですがね」

「いざとなったら陵王を呼んで無理やりでも飲ませるか。食事もな」

「…………」

 子どもに直接視線は向けないまま、二人は何食わぬ顔で子どもを“観察”する。子どもは両手で包むようにして茶碗を持っていた。手を温めるように。寒いのだろう、唇も昨日よりは色が戻っているとはいえ、まだ紫色で震えている。震えが寒さのせいか怯えのせいかは判断が難しいところではあるが。今は春先だが子どもの恰好では寒いだろう。毛布をぐるぐると巻き付けた姿はまるでミノムシのようだ。

「なぜ、」

「ん?」

「……いえ」

 聞いても無駄な問いかもしれないと思ったから、悠舜は聞くのを止めた。なぜ助けたのか、なぜここまでするのか、なんて。愚問だ。助けられるものにも限度はあるだろうが、助けられるうちは、傍にいる弱い者、困っている者は全て助けて歩くつもりなのだろう。そして、今回はまだ限度の範囲内だった。それだけのこと。

「……あ、飲みましたね」

「ああ」

 あくまで子どもの方は見ないまま、子どもが茶碗に口を付けたのを確認する。旺季もそれを認めてふっと目元を和ませた。



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