珍妙な名付け

 傷が治ると、子どもは恐る恐るあたりを動き回るようになった。旺季は拾ってきた猫を放っておくようにそっとしておきながら、怪我をしそうになったりあまりに危ない目に遭いそうになったりする前には止めた。

 相変わらず意思の疎通は取れないままで、旺季は便宜上子どもに奇児という名を付けた。あまりにもあんまりじゃないのか、と思ったのだが、本人は気にした様子もないので(意味も分かっていないので当然だろうが)いいだろう。誰も止めるものがいなかったのが子どもにとっての不運だ。

 数日も経つと、奇児も連れてこられた意図が気になりだしたのか、何もしないままただ世話になるのが申し訳なくなったのか、家人を真似て掃除や洗濯に混じるようになった。とはいえこの邸に門下生でない純粋な家人はそういないのだが。

「働けなど一言も言っていないのに、とんだ働き者だな。気も利く。いい拾い物をした」

「そういう環境にいたのかもしれませんね」

「掃除の仕方が独特だと嘆かれていたがな。茶渋で茶碗を磨いたり、米のとぎ汁で雑巾がけしたり、銅鍋を草の葉で磨いたり、砂泥で服を洗ったり、雑巾を毎度毎度煮沸したりと」

「それはそれは。奇児は知識豊富なんですね。茶渋や米のとぎ汁は汚れを落としやすくしますし、草の葉で銅を磨くと酸化作用でピカピカになります。砂泥も衣服の細かな目に入って汚れを落としますし、雑巾を煮沸するのも衛生上よいことですしね」

 悠舜が感心した顔をすると、旺季はぽかんとしたような、微妙な顔をした。

「何だそれは。おばあちゃんの知恵袋か」

「いえ。全てきちんとした知識に基づく合理的な手法です」

「ほぉ」

 まあ、実際に効果があるからこそ奇児のやり方が通用しているわけだが。そうでなければとっくに奇行として止められている。

「まあ、家人たちが家財を持ち逃げしてから人手は足りていなかったしな…ひとりくらい増えてもいいだろう」

「……ええまあ。また家が“消失”しても困りますから、新しい人間を雇う訳にもいきませんでしたからね」

 悠舜は遠い目をした。焼失ではなく消失だ。家財を持ち逃げした家人たちに晏樹と共にそれなりの報復をしたこともあったな…。旺季さまのあずかり知らぬところだったけど。

「しかし困ったことに、給金を頑として受け取らんのだ。無理やり押し付けては見たが、部屋に全て置いてあるようでな」

「そもそも貨幣の使い方も価値も分からないのでは?言葉が通じないのに市場で買い物ができるとも思えませんし。いいだけふんだくられておしまいでしょう」

「そうか、それもそうだな。なら悠舜、」

 あ。余計なことを言ったかもしれない。嫌な予感が。

「奇児に貨幣の価値を教えてやれ。市場での買い物の仕方もな」

「……それって言語とこちらの一般常識全部教えてやれってことと同義ですよね?」

「どうせお前の足もまだ治り切らんのだろう。奇児もお前には懐いているし、足のことも配慮できる子どもだ。いい暇つぶしだと思って付き合ってやれ」

「最初からそのおつもりだったんでしょう、旺季さま……」

 ぶつくさ言いながらも、旺季の頼みには弱い悠舜である。確かに最近知的好奇心を満たすにも書物では限界があった。異国の事情を知るのも悪くないかもしれない。



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