ツバサ
ぐにゃり、と世界が歪んで、ナマエを新たな世界に吐き出した。
と、着地したナマエの目の前に、似たような歪みが現れたのが分かった。
「あ」
自分とは違う場所から、自分と同じように吐き出された四人と一匹(?)を見て、ナマエは思わず声を漏らしたのだった。
*
「テメーはさっきの…」
「助けてくれたおにーさんだー」
場所は阪神共和国。初めての次元移動にふらついている彼らを安全な場所まで運んだナマエは、すぐにその場から姿を消したのだが。
その後、街を散策する彼らと再び出会ったのだった。
「えっと…」
「あ、小狼くんは気失ってたもんねー。このひと、オレらがここに来た時に下宿まで案内してくれたんだー」
「そうなんですね…。ありがとうございました」
不思議そうな顔をする小狼に、ファイが説明すると、小狼は深々とお辞儀をした。その後ろでは黒鋼が警戒心丸出しの顔でこちらを見ている。
ナマエは苦笑して首をふった。
「いやいや、私はただ雨をしのげそうな場所に案内しただけだよ。後は空汰さんのおかげだし、何もしてないから」
「そんなことないよー。ナマエありがと」
「お、モコナ」
ぴょこん、とモコナがナマエの頭に飛び乗った。
「…その白饅頭の知り合いなのか」
「いやー、会うのは初めてだけど話に聞いてたっていうか…(読んで知ってたし)」
「モコナは侑子に聞いてたから知ってるのー。よろしくねナマエ!」
「お、おう。よろしくモコナ」
ついノリで知り合っているかのような対応をしてしまったが、初対面だ。しかしモコナも話は聞いていたらしい(あの侑子がナマエのことをどう話したのかは気になるところである)。その様子に、黒鋼もとりあえず警戒は解けたようだった。
(うーん、でもまだ不信感をびしばし感じるなぁ…)
そう簡単に信じてはくれないか、とナマエは苦笑するのだった。
*
「……テメーは」
「あ、黒鋼くん」
「………」
つい年下だから、と彩雲国で若い者に呼びかけていたように呼び掛けると、目に見えて黒鋼は顔をひきつらせた。くん付けで呼ばれ慣れていないのだろう。
夜の街中。他のメンバーは下宿先で休んでいるのだろう。周囲の様子を確認するのは忍びの性なのだろうか。
「ごめんごめん、えっと、何て呼んだらいいかな?」
「…………」
「…………黒プー?」
「斬るぞ」
「うわっ、あぶな!」
返事をしてくれないので、試しにファイが呼んでいるように呼んでみると、本気の殺気が飛んできた。ついでに飛んできたのは刀ではなく蹴り技だったが。刀は侑子のところにあるのだろう。
(こいつ…へらへらしてるように見えて、かなりやるな)
などと黒鋼が思っていることなどつゆ知らず、ナマエは蹴りをかわした勢いで一回転して手をついた。
「そんなに警戒しなくても、私は君たちの敵じゃないよ」
「だが味方でもないだろう」
「味方になってほしいならなるけど。でもいつでも駆けつけられるってわけじゃないのは確かだ」
「………胡散臭ぇんだよ」
即答したナマエに、黒鋼は眉間の皺を深めた。
「いや、本当だって。なるべくなら君たちが苦しまずにいてくれたらな、って思ってるよ」
「だが腹のうちを明かす気はねぇんだろう」
「だって明かしたら嫌われそうだし」
何せ、ナマエは自殺未遂をしたからここにいるのだ。自殺志願者など、彼のもっとも嫌う人種だろう。
「………まあ、今の時点ではあんまり何も手助けできないけどさ。ていうか要らないだろうし。それに私も侑子さんに対価渡していろんな世界を旅してるから、また会えるのがいつになるかも分からないし」
「………旅の目的は何だ」
「それが、自分でも分からないんだよなあ」
「………やっぱり胡散臭ぇ野郎だな」
相変わらず鋭い目つきで睨んでくる黒鋼に、ナマエは「ひどいなぁ」と呟いた。
「じゃ、分かった、ひとつちゃんと教えてあげるよ。別に嘘をついてるわけじゃなかったんだけど……私は女だよ」
黒鋼が目を丸くするのが分かった。