コロラドスプリングス

「うーん、いいですね。ロッキーの雪解け水に鉄道の跡。まさにコロラドスプリングスって感じ」
「あれ、ナマエ、来たことあるんですか?」
「いや、ただのイメージです」
「なんだ」

 レイはちょっと笑った。ドライバーは選手交代。今度はレイの運転だ。
 残雪と岩肌のコントラストはとても美しく、ナマエの視線はしばらく窓の外に釘づけだったが、レイが運転する横顔もやはりクールだ。ずっと見ていても見飽きない。

「フリーウェイなら僕の本領発揮です。制限速度があるナショナルパーク内の運転はシュウに任せますけど」
「あんまり飛ばさないでくださいよ?」
「任せてください」
「怖いなあ」

 くすくす笑いながらも、ナマエはもちろんあんまり心配はしてない。あんまり、というのは、ほんの少しは心配している…というか怖いからだ。事故を起こすようなことにはならないだろうが、ナマエの寿命を縮める程度のドライブテクは平気で披露してくれるのだ、レイは。

「針葉樹林になってきた…やっぱり標高が高いんですね。日本とは大違い」
「アメリカはね。…ナマエはホームシックなんてなりました?」
「そりゃあもう、盛大に。最初は小さいアパートで毎日枕を濡らしてましたよ」

 ナマエは笑って言った。半分は本当だ。最初の三か月は言語や習慣に慣れるのに手いっぱいでそれどころじゃなかったが、そこからの一、二か月はずっと心細くて仕方なかった。そのうち心細さにも慣れてしまったが。

「えー、本当に?……あれ、ドミトリーやホームステイじゃないんですね」
「もし兄が見つかったら、問答無用で連れ帰ろうと思って」
「……なるほど。それじゃ、カリフォルニアに着いたら、ナマエのアパートに行く前に僕らの店を教えますよ。少しは寂しさが紛れるでしょう?」

 また心臓がどきりとはねた。本当に?このつながりはまだ続くんだ。それってすごく、すごく素敵なことじゃないか。

「……あれれ?僕らの?シュウを雇うのは考え中なんじゃなかったんですか?」

 泣きそうなくらい嬉しくなってしまったのを誤魔化すようににやりと笑うと、今度はレイが狼狽える番だった。

「店はこいつも出資してるから便宜上僕らと言ったまでです!一緒に働くかどうかは別問題ですから」
「それはそれは、通うのが楽しみなお店になりそうです」

 清々しい気分なのは、コロラドスプリングスの雄大な景色のお陰だけじゃない。ナマエは窓の外に大声で叫びたい気分になった。





「はー。制限速度35マイルなんてやってられません。交代です交代、シュウ!」

 トイレ休憩を入れた後、ドライバーはシュウに選手交代した。シュウは片手にコーヒーを持って運転席に乗り込んだ。

「あれ?コーヒーなんてありました?」

 湯気のたつコーヒーを目敏く見つけて尋ねたのはナマエだ。シュウは少し肩をすくめた。

「裏手にセブンイレブンがあったぞ」
「へー」

 日本じゃどこにでもあるセブンイレブンだが、アメリカでは意外とあまり見ない。国土が広すぎるのも原因だが、日本とはいろいろシステムも違うのだろう。

「ずっと同じような景色で飽きないか?」
「いーえ!風が気持ちいし、会話は楽しいし、全然飽きませんね。ずっと続けばいいのにって思うくらい」
「…そうか」

 コーヒーを啜りながら、シュウはふっと笑った。最初の頃よりその笑顔がずっと優しく見えるのは、シュウが変わったのか、それともナマエの見方が変わったのか。

「生憎俺はレイほどの話術は持ち合わせていないが、楽しめていただけているなら何より。」

 至極光栄、と、少し芝居がかった台詞に仕草。非常にさまになっているのが悔しいからナマエはしたり顔で笑ってやった。

「あはは、“コミュ障”ですか?」
「………それは違う」

 少しむすっとしたシュウを遠慮なく笑えるようになったのも、この旅の副次作用かもしれない。最初の頃は、この人絶対堅気じゃないと思って警戒していたが。

「少し行ったところに日本人がやっている料理屋があるらしい。とそこの親父が言っていた」
「へぇ。こんなところで」
「どこにでも奇特な人間はいるものだ」
「寄ってみたいですね」
「そのつもりだ」

 シュウはいいお父さんになりそうだな、と思った。休日にはロングドライブに連れて行ってくれるような。確かにレイほど愛想はないが、思いやりがあるし、計画性もばっちりだし、面倒見がいい。ヘビースモーカーなのが玉に瑕だが。下に二人いる長男だ、というのも今になってようやく納得がいくようになっていた。

「お二人は、養子とか取らないんですか?」

 その言葉に、シュウとレイは同時に固まった。後部座席のレイは会話に関わらないことを決めたらしい。置いてある雑誌を読みだした。
 少しの沈黙。目をそらさなかったナマエに、シュウは視線を彷徨わせながら返事をした。

「…………。………考えたことはないな」
「結婚はされているんですよね?」
「あー、いや、書類上はまだ、だが」
「理想の家族の形とか、あります?…あ、答えたくない話題ならいいです、不躾でしたよね」

 少し歯切れが悪くなったシュウに、一応質問はぶつけてみたが、少し引く。彼ら、特にシュウは、あまり自分のことについて語るのが好きではないようだったから。…けれど、これからも付き合ってくれる気があるなら、答えてくれるかもしれない。そんな些細な期待を込めて。

「……不躾だとは思わない、が、…あまり考えたことはなかったな」
「そうなんですか?私はよく妄想しましたよ」
「…運転中は話を聞いてる方がいい。そっちの話を聞かせてくれ」

 やはり語ってくれはしないらしい。ナマエは眉尻を下げて笑った。

「じゃあ、私の理想の家族について。…でも、まあ、恋人とか子どもは私も考えてないですけどね。同じような考えを持つ人とルームシェアして、フィーリングが合う人と、おばあちゃんになるまで一緒に居られたらいいなって。恋とか結婚じゃなくて、そういうつながりもありなんじゃないかと思うんです。それで、その人たちの兄弟とか、身寄りがない親戚とか、寄り集まって、適度に関わりながら暮らすっていう…まあ現実には難しいでしょうけど」
「…そうか」
「で、犬か猫か、あるいは両方、余裕があれば馬なんかも家族にするんです。イエローストーンで乗馬をしたんですが、もう、惚れこんでしまいまして」
「日本で馬は難しいんじゃないか?」
「別に日本に限らなくたって、アメリカでも、カナダでも、ニュージーランドなんかもいいかなって」

 結婚するつもりは今のところないけれど、同性婚ができない日本より海外がいいかもしれない、とは思っている。最近は日本でも同性パートナーシップのシステムが取り入れられつつあるが。

 それからはくだらないナマエの話にシュウが相槌を打つ、という形で会話は進んだ。シュウの言葉が本当なのか、あるいは誤魔化すための嘘なのかは、もう考えないことにした。




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