フリーウェイ・システム
「あ、またカジノの看板…インディアン保護区って、どうしてこんなにカジノが多いんでしょうね」
サイドウィンドウから手を出し、風を切る感覚を楽しみながらナマエは独り言のように呟いた。しかし隣からは当然のように返答が来る。
「どこも同じだな。…それより、どうする。次はフォー・コーナーへ行くか?それともコロラドスプリングスを抜けてロッキー国立公園の辺りまで北上するか?」
「フォー・コーナーって?」
「文字通り四つの角…ユタ、アリゾナ、ニューメキシコ、コロラドの四つの州が交わる地点だ」
「何かあるんですか?」
「何もない。強いて言うなら土産物屋が少し。」
ただ四つの州が交わる地点だから地図に示されているだけらしい。
と、後ろからレイが地図を覗き込んだ。
「地下に米軍の秘密基地があるなんて噂もありますよね。どうなんですか?」
「俺が知るか。」
「なんだ、つまらない」
フォー・コーナーは北西、コロラドスプリングスやロッキー国立公園は北。後者を選べば多少遠回りすることになる。
「……何も聞かず同乗させてもらってますけど、結構私のためにいろいろなとこに寄ってくれてますよね?予定とか大丈夫なんですか?」
「カリフォルニアに着くまでが休暇だからな。せいぜいゆっくり行くとしたもんさ」
「僕たちは問題ありませんよ」
うーん。フリーターなのだろうか。金に困っているようには見えないが、謎な人たちだ。でも金があるならどうして飛行機を使わないのだろう。道楽?あるいは飛行機を使えない事情がある?IDがないとか?
…さすがに邪推が過ぎたか。
それにまあ、ナマエが考えてもしょうがないことだ。
「…………それじゃ、ロッキーの偉大な峰が見たいです」
「了解」
車は北へと向かった。
*
「見えたか?」
「んー…多分こっちであってると思いますけど」
ナマエは自信なさげに呟きながら双眼鏡で標識を確認した。標識の文字が小さいので、かなり前からこうして双眼鏡で見ていないとすぐに道が分からなくなってしまうのだ。つくづく日本の標識の見やすさを思い知る。…まあ、日本でも首都高周辺などは入り組み過ぎてナマエにはちんぷんかんぷんなのだが。
「全く…アメリカのフリーウェイシステムはどうにかしたほうがいい。双眼鏡がないドライバーたちは一体どうしてるんでしょうかね」
インターステートから自分が目指す方向に向かうフリーウェイに出るのはかなりの難易度の高いミッションだ。逆も然り。
「ロングドライブをするのに双眼鏡を持たないなんてありえない」
レイの文句にはシュウが端的に答えた。
この旅路で分かったこと。レイは英語が堪能だが、アメリカの文化にそこまで馴染んでいるわけじゃないということ。逆にシュウはアメリカナイズドされている割に日本文化にも詳しいが、レイほどディープに知っているわけじゃないということ。あ、もうひとつ。レイはかなりの日本好きだ。ナマエも留学の前に一通り日本のデータは頭に入れたが、彼にはとても敵わない。
「あっ、見えた。やっぱりこっちでよかったみたいです」
「それはよかった。またニューメキシコに逆戻りじゃたまったもんじゃない」
「何ですその言い方。ナマエに失礼でしょう」
「別に間違ったら間違ったでまたやりようはある」
シュウはアメリカ人らしくひょい、と肩をすくめた。レイはわーわー何か言っている。これも旅の途中で分かったことだが、シュウはこのやりとりを恐らく楽しんでいる。むしろレイが反応するのを分かっていてたまにわざと失言したりしている気もする。
まるで昔からの友人のように、ナマエの前でもそんな姿を見せてくれるのが、不思議であると同時に嬉しかったりもするのだが。
オールド・パル。初めて会ったときにシュウが選んでくれた酒を思い出す。ライウイスキーとドライベルモットの大人の味。古い友人、懐かしい仲間という意味を持つ酒。
いけない。期待をしすぎるのはナマエの悪い癖だ。腕を中に入れ、窓の外を眺める。
「でも、景色もそれらしくなってきましたね。湿原ももう終わりかな」
「そうですね…山と水の織り成す美しい景色、が売りですから」
「私、トレッキングも好きなんです。兄の影響で。さすがに異国で一人だとまだ不安だから行ってないけど、今度チャレンジしてみようかな」
「じゃあ、一緒に行きましょう」
レイの言葉は本当になにげない一言だったが、ナマエは心臓がどきっとした。この旅が終わればどうなるのか、誰もまだ口にしていなかったからだ。彼らは素性を詳しく語ろうとしなかったから、旅が終わればさよなら、一期一会の短い関わりか、と覚悟していたのだが。
「……約束ですよ!」
ただの社交辞令かもしれない。レイは日本人だから。それでもとても嬉しかったから、ナマエはにっこりと笑った。