かなわない戯言

「……?この猫、妙に人懐っこい」

「ああ………ここはあの店が近いから。大尉です。ポアロによく来る猫ですよ。…僕の匂いを覚えてたのかな」

「へえ、猫でも世話してくれた人は覚えてるもんなのね」

 バーボンの足元にすり寄ってきた猫に、ナマエは久しぶりに年齢相応の表情を見せた。そんな彼女を見てバーボンの心も少し緩む。
安らぐことなど許さないかのように彼女は立て続けに任務に就かされ、それに比例してバーボンが彼女の見張りとして共に過ごす時間も多くなっていた。

「わっ…っと、ほんとに懐っこい。だめね。そんなんじゃ悪い犬に噛まれちゃうわよ?」

 しゃがみこんで猫を抱き上げたナマエは、本当にただの少女のようだった。
 つきり、とバーボンの胸のどこかが痛んだ。
 笑っているはずだった。本当なら、例えば蘭さんや園子さんや世羅さんのたちのような女子高生の友人たちと。平和に、他愛もない会話をしたり、恋の話をしたり、時には頬を染めたりして。
 何度も彼女を犯し、その目から純情を奪ったのは誰だ?
 初めてバーボンとして彼女から情報を搾り取ったのは3年以上前――その頃彼女はまだ中学生だった。
 ごろ、と猫が喉を鳴らした。ナマエがその喉をくすぐってやるのが見えた。

「………いいね、お前は。気ままに出歩いて、餌をもらって、かわいがってもらって。………私も、」

 猫になりたいなぁ。

 そんな呟きはあんまりにも切なすぎるから、バーボンはすぐに彼女の手から大尉を奪って逃がすことにした。「あ…」と寂しそうな表情をした彼女の肩を抱いて立たせてやる。

「マッドドッグ。猫に構うのもいいですが、そろそろ次の任務の時間です。僕とドライブに付き合ってもらいますよ」

「………あなたも大変ね。優秀な探り屋なのに、小娘の足なんかにされて」

 あえて冷たい口調で言ったバーボンに、ナマエは少し首をかしげたが、冷たくされて酷く扱われるのなんてもう慣れっこだし、今の彼は割合優しい方である。素直にバーボンのエスコートで助手席に乗り込んだ。
 ブロロ、と音を立てて発進した車の中で。

「…皮肉ですね。狂犬が猫に憧れるなんて」

「あら、好きで犬になったんじゃないもの。なれるなら猫の方がいいわ」

「犬みたいにご主人様の命令に従う必要がないから?」

「ええ。ただ可愛く鳴いていれば餌と寝床をもらえて、気が向いたら膝に乗って撫でてもらえる…最高じゃない?」

「はは、なら、――――組織の飼い犬なんてやめて、僕の飼い猫にでもなりますか」

 ふ、とナマエは皮肉気な笑みを浮かべた。

「………おいしいごはんと温かい寝床と、そうね、時々甘やかしてくれる優しい手があるなら、喜んでなってあげるわ」

「…………」

 移動中の、ただの、他愛もない会話だ。中身に意味なんてない。それが分かっているからナマエは大した感慨を抱かずに笑って答えたのに、バーボンは黙り込んだ。

「……バーボン?」

「………ああ、いや、何でもないですよ。それより注射器と薬の確認、最終調整をお願いします。次の任務で使うので。グローブボックスの中に入ってますから」

 バーボンはにこりと笑って、会話を事務的なものにした。ナマエは怪訝に思いながらも、言われた通り、グローブボックスを開くのだった。



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