愛なんてきれいなものじゃない

「うまく潜り込めたのか?」

「…………ええ。無事生きていますよ、とりあえずはね」

「だろうな」

 事もなげにうなずいた赤井に、安室はいっそ殺意さえ覚えた。
 一体彼女がどれほど血を流し、貪られ、どれほどおぞましい狂宴が夜ごと繰り広げられているのか、この男は本当に分かっているのか?

――――あなたの為ならと、何も惜しまずに任務に精を出していますよ、彼女は。けなげなことですね?」

 何も惜しまず――――そう、それこそその若く美しい肉体も、驚くほど強靭な精神も、流すのは不本意に違いない涙すらも惜しまずに。

「向こうから言い出したことだ。求めるものを与える代わりに、俺の手足となると」

「彼女はあなたの妹とたいして変わらない子どもです。それこそ、今頃学校で同級生と談笑していておかしくないような」

「ああ、そうだな」

「………何とも思わないんですか、彼女は――――っ、」

「安室君。君一人に、甚振られる彼女を見守らせる役目を押し付けてしまっていることは、悪いと思っている。だが――――」

「ふざけるなッ!見守らせる、だと?」

 傍観ですらない。……安室は彼女に手を差し伸べられないどころか、彼女を痛めつける人間のうちの一人でしかない。だが、ジンに命じられてバーボンが逆らえるはずもなく。

「ここで何やかんやと言っても何にもならないだろう。無事終わった時にでも労わってやるしかない」

――――お前はなぜそんな平然と彼女を組織に戻せたんだ!」

 激昂した安室に、赤井は小さくため息を吐いた。

「君は一体俺にどうしてほしいんだ?罪悪感に満ちた顔で彼女への謝罪のひとつでも囁けば満足するのか?だが彼女はそんなこと望んでいないだろう」

「そんなこと、分かっています」

 安室は苦々しく吐き捨てた。この男に何を言ったって無駄だなんてことはもうとっくに―嫌というほど知っているのに、何をしているんだろう。時間の浪費だ。
 だけど、他に吐き出せる相手を知らなかった。

「………もし彼女が死んだら、僕は、あなたのことも、自分のことも、一生許せそうにない……」

「彼女が死んだら俺を恨めばいい。彼女を組織に戻すと決めたのは俺だ」

「ははっ。そうやってまた、一人だけで背負い込むつもりですか。……彼女の近くにいるのは、赤井、お前じゃなくて僕の方だ」

 赤井は目を丸くして安室を見た。まさかこの男がこんなことを言う日が来ようとは。
 安室の表情をじっくりと観察した赤井は、なるほど、と小さく呟いた。

「まるで君は、彼女に惚れているようだな」

「何を言っているんです。一回りも年が離れた子どもですよ?それに……僕が彼女に抱いているのは、ただの同情と憐れみの念です」

 本当の年齢を知ったのはつい最近のことだったが。…安室には未成年と恋愛やセックスをするという概念はなかった。
 赤井はひょい、と肩をすくめた。

「面倒な男だな。君も。根っからの警官らしい。…だがまあ安心しろ、ジンが彼女を殺す確率は限りなく低い。…逃がさずどこまでも痛めつけはするだろうがな。」

「全く安心できない言葉をありがとうございます。それとあなたに僕のことを分かったような言葉を吐かれるのは心底吐き気がするので、金輪際やめてください。………彼女からのデータです」

「ずいぶんお喋りが長かったな」

「………彼女が血反吐を吐く思いで手に入れたデータを譲ってあげているんです。無駄にしたら承知しないからな、FBI」

 最後にそう吐き捨て、赤井の方にUSBを放り投げてから、安室は踵を返した。要らないことを喋りすぎた自覚はあるが、これくらい付き合わせても罰は当たるまい。守るべき立場の少女を黙って見ているしかないどころか毎晩のようにレイプしなければならない安室のストレスを発散できる場所などそうないのだから。

 彼女が手に入れた情報を、公安で取り扱ってもよかったが、この男に渡すのを望んだのはナマエだ。それを横取りすることなどできるはずもなかった。彼女の飼い主がこの男なのだということを見せつけられるのは心底不愉快だったが。

「了解した。感謝する、安室君」

 憎い男の低い囁き声を耳にしながら、安室透はバーボンへと戻るのだった。
 いっそ自分が先に彼女の飼い主になってしまえばよかった、と思いながら。



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