東都現像所にて

「母さん」

「んー、久しぶりねナマエちゃん!」

 息子が冷たい分、かどうかは知らないが、有希子は娘へのスキンシップが激しい。基本的に無抵抗なナマエは有希子に思う存分頬ずりとキスの嵐を浴びせられた。それを見ていた少年探偵団が「わあ…」と声を上げたのは見えていたが無視することにする。

「今日はどこに連れてってくれるの?」

「んふふ、ヒ・ミ・ツ」

 とはいっても、ナマエは既に行先を知っている。仮面ヤイバーのゼロ号試写を見せてくれることになっていたはずだ。全ての漫画やアニメの話を把握しているわけではないが、このエピソードは覚えていた。怯える灰原が印象的だったし、赤井秀一というキャラが登場する回だったので。

(確か…怪しい車に尾行されるんだよな…)

 そう思って窓の外に気を配りながら車内に座っていた。案の定ずっとついてくる怪しい車がいる。しかもすぐ後ろにぴったりと。母と兄も気づいたらしく、運転席と助手席の空気が一瞬ぴりっとした。

(黒の組織と紛らわしい…尾行するならもっと気づかないようにやってほしいな)

 二人組の尾行者は、確か赤井秀一に指示を受けて尾行していたFBI捜査官のはずだ。恐らく保護と観察を兼ねているからこんなに近いのだろうが、気配を悟らせていては台無しだ。素人だと侮っているのだろうが。

「…母さん、くれぐれも安全運転でね」

「んー?まっかせなさーい、ナマエちゃん!」

「ほんとに大丈夫かよ…」

「だいじょーぶだいじょーぶ。ネズミ捕りには気を付けてるから」

「バーロー、気を付けるのはネズミ捕りじゃなくてスピードメーターだろ!」

 にこにこと笑う母は、絶対に確信犯だ。娘と息子の忠告もむなしく、結局、無茶な運転で尾行をまいたのだった。

「うげ…かーさん私が車に弱いの忘れてる…?」

「あっごめーん!でも忘れてないわよぅ、ちゃんとエチケット袋持ってきたものー!」

「だから気遣いどころがちげーよ…」

 兄が呆れたように呟いたが、もう少し大きな声で言ってもらいたいところである。おばさん呼ばわりして睨まれていたので無理もないが。



「に、しても。ナマエちゃんも尾行に気づいてたのね。さっすが私の娘ねー」

「…お兄ちゃんにあんまり気尖らせないようにって、尾行してきてるのは自分のファンかもって言い切るお母さんも、さすがって感じだけど」

「あらぁ」

 黒の組織かもしれない、とあまりにもコナンが怖い顔をしていたら灰原にもその不安が伝染する。適当なことを言っているようで気遣っているのだということをナマエはもう知っている。

「やーね、買いかぶり過ぎよー?だってなんかそんなイヤな感じはしなかったんだもの」

「…相変わらず、勘もいいね」

 尾行していたのはFBIなわけだから、敵ではない。その点では母の勘も間違ってはいない。

「ま、大丈夫だから、母さんもあんまり心配しないで。空港までついていこうか」

「いいのよー、空港から帰るの大変でしょ?それよりナマエちゃんもあんまり無理しないこと。いいわね?」

「…はーい」

「よろしい。それじゃ、バーイ」

 ご機嫌なまま母は帰って行った。兄は母の相手を私に任せられて明らかに安堵している表情。…駄々漏れだ。



「あのー、もしもし?」

 通りすがりを装って道を歩きながら、ナマエはある車のサイドウィンドウをこんこん、と叩いた。中に居た人は相当驚いた表情をしているが、「適当に誤魔化せ」とか何とか言っているのが丸聞こえだった。…やはりコナン界の人間はボリューム調整が下手だと思う。なぜそこまで相手の耳に入らないと思い込めるのだろう。

「……赤井秀一って人に伝えてほしいんですけど。また尾行するつもりならうまくやってほしいって」

「きみ、一体何を…」

「それと、“彼女”によく似た女の子を怖がらせたら、承知しないから、ってのも」

 それだけ言って、ナマエは言い逃げした。伝わるかどうかは半々だが、上司の名前を出されて報告すらしなかったら本格的にFBI捜査官の素質を疑う。

(さーて、喧嘩売っちゃったよ、原作に。)

 それと、恐らくは赤井秀一にも。

(でも灰原さんの心労は減らしておきたいしなぁ…)

 何度か自殺未遂まがいのことを繰り返す、子供向けの漫画にしては珍しい(わけではないかもしれないが)キャラの女の子は、正直コナンで一番好きなキャラといってもいい。できれば灰原には幸せでいてほしかった。
 恐らく明日熱を出し、更には新出先生に扮したベルモットとまた何か一悶着あるであろうこれからを思うと、溜め息しか出てこないナマエであった。



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