犬は人間ではありません

「…ベルモットがお前を探してる。悪いが餌になってもらうぞ」

「………それは、」

 言いかけて、ナマエは口を閉ざした。赤井の言葉をじっくりと考え込んだ彼女の顔には、まるで素直になれない子どものような表情が浮かんでいた。しかしそれをも綺麗に押し隠し、皮肉気な笑みと共に彼女は口を開いた。

「私を彼らに制裁させるということ?それとも手土産でも持たせて、組織に復帰できるようにしてくれるの?その場合私があなたたちに利用されるメリットはあるのかしら」

 皮肉気な、それでいて寂し気な、突き放しておきながら構われたいと願うような。

「……………どうした?」

「どうした、じゃないわ。こんな時は黙って抱きしめるものよ」

 そんなことを言いながら、ナマエの顔はいっそう皮肉気になった。自嘲するような、自己嫌悪のような、…唇を噛む。

「本当にどうした」

「お優しいことね。私に何があったかなんて、あなたの任務を遂行するのに関係がある?何を言っているんだと叱ればそれで終わるのに、」

「分かった、望みどおりにしてやる、こちらへ来い」

 彼女は存外素直に赤井の言葉に従った。赤井の二歩手前。あと一歩歩みを進めたなら抱きしめられる距離。

「……私の望みが何か分かるの」

「抱きしめられたいんだろう」

「全然ちがう」

「…………何なんだ。はっきり言え。」

「赤井秀一が女の扱いに長けていないなんて意外すぎて笑えてくるわ。いや、逆にイメージ通りかな。女性相手には不器用。うん、そんな感じ」

「ガキの扱いにはあいにく慣れていない」

「コナン君とあんなに仲が良いのに」

「ボウヤは――――いや」

 中身は子どもじゃないだろう、と言いかけて、彼の中身と目の前の少女が同じ年だったことを思い出した。
 お互い奇妙な沈黙が流れた。

「…………それより、用件はそれだけ?」

「…いや、もうひとつ。」

 気まずさを振り払うように、赤井は敢えて淡々とした口調で伝えた。

「お前との連絡役はジョディに変える。前会ったことがあるだろう。ボスからの命令だ、同じ女性の方がいいだろうと」

「何を今更。未成年への配慮?笑えない、飼い主として私を飼ってくれる人間を手に入れるというメリットがないなら、私があなたに――FBIに協力する理由なんかないのに」

「……SMクラブや何かでそういう個人契約を結ぶのは個人の勝手だが、未成年は法的に不可能だ。どうしてもそういう相手が欲しいなら同じく未成年の恋人を作れ」

「………………………ご主人様になってくれる男なんて、まあ、確かに腐るほどいるでしょうね。欲望を満たすために。あなたがそう言うなら構わないのよ。あなたがあくまで未成年としてのみ私を扱うのなら―――私もそう振る舞うまで」

 ナマエだって、ずるいことを言っている自覚はあった。それこそ、子どもみたいに。

「私に、あなたたちに協力する義務はないのよ。FBIでも公安でもない。組織を殲滅させたいなんて別に思ってない。どっかの誰かさんみたいに、何が何でも組織を潰滅させなきゃいけない理由があるでもない」

「………宮野志保の件は」

「私が協力しようがしまいがあなたたちは彼女を勝手に守ってくれるんでしょう」

「…………分かった、何が望みだ」

「さっきから言ってるでしょう。…私は人間でいたくない。思考なんかしたくない。自分で判断なんかしたくない。私は私の行動にも、選択にも、責任を持てない、持ちたくない。コマンドで動く犬でいい。痛みでしてはいけないことを仕込まれ、餌欲しさに主人の役に立つ…主人が求めるなら愛玩も甘んじるわ、癒しが欲しいなら好きに鳴いてみせましょう。代わりに………私は人間でいたくない。」

 彼女は、フッと物憂げな息を吐いた。それこそ十八だとも思えぬような。

「首輪が欲しいの」

 真っ赤な唇、普段なら選ばない口紅のいろを纏った口唇が、ニィっと持ち上げられた。



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