赤い首輪
首元で微かな息を落とした赤井に、ナマエはぼんやりと物思いにふけった。
「……まだ余裕があるのか」
「あなたこそ息一つ乱さないくせに」
「欲しいものはくれてやる。それ以上付き合う義務は見当たらないな」
「…………まあ、それでこそご主人様って感じね」
ナマエが欲しいのは恋人ではないし、もし求めたとしても赤井がそれを返してくれる可能性など皆無だ。現にナマエは全ての服を脱がされているのに、赤井は脱ぐどころか上着のボタンすら緩めていない。スラックスのボタンもきちんと留まったままだ。
「ン…、っは、あ、…ここはベッドの上じゃないんだから、そんなに優しくしてくれなくてもいいんだけど?」
硬い感触を背に感じながらナマエが笑うと、首元に手が伸びてきた。男の強い握力が、女の白い細首をぎゅう、と絞める。ただ絞められたなら吐き気がするが、男は器用にも頸動脈を絞めて見せた。頭が真っ白になる。仮想の死。
――――彼は理想の飼い主だ。それこそジンよりも。程よく優しくて、程よくナマエの自傷行為を手伝ってくれて、程よく残酷だ。
「……かはっ、…〜ッッ」
限界に達すると一度手が離れて、また絞められた。そんなことを何度か繰り返すうちに、ナマエの首には輪のような赤い痕がついた。……気の利いた首輪だ。
しばらくして訪れたインターバル。赤井が手ずから開け、口元にあてがったペットボトルからミネラルウォーターを啜りながら、ナマエは少し首を傾げた。
「…………いま、あなた、何考えてるのかしらね」
「犬が飼い主の心情など気にするか」
「それもそうか」
同情?それともナマエの自傷行為を手伝うふりをして彼自身も自傷している?
どうせお互いに、痛みがないとやってられない身だ。過去に犯した罪なんて多すぎてもはや覚えていないし、どれだけの人間を傷つけたのかまともに思い返せば発狂する。
ナマエにとってこれは副作用の強い薬だった。…彼にとってもそうであればいいと思うが、そうでないことも知っていた。根本的に赤井という男は冷徹でありながら情が深い。そのことを理解するくらいには長い間彼と関わっている。
「…………まあ、たしかに、何でもいいのよ。コマンドと躾と証をくれるなら」
この男の痛みに分け入ろうだなんて、犬としてかかわることを決めたナマエには大それた望みなのだ。恐らくは。
「でもまあ、寂しい時は体温を分けるくらいはしてあげる」
「それは便利なペットなことで」
「軍用犬をお望みならそうしてもいいのよ」
赤井は煩わし気に髪をかき上げて、再びナマエのわがままな行為に付き合うために腰を落とした。