大人と子どもの境界とは

 事件が解決し、毛利小五郎がビールを開けて祝杯をあげた横。安室透は当然のようにお酌をし、その後ろでは少年探偵団にジュースが振る舞われていた。
 ナマエは子ども組から離脱し、小五郎の傍に居た灰原の隣にいそいそと座った。

「私ものむー」

「…何言ってるの、ここは日本よ。前から注意しようと思っていたけど、あなたが堂々とお酒を飲んでいい場所ではないわ」

 言いながら酒瓶を取り上げた灰原の言葉に、安室は不思議そうな声音できいた。

「おや、その言い方だとまるでナマエさんが未成年というように聞こえるのですが…」

「未成年だもの、実際」

「………」

 安室は思わず言葉を失った。

「以前たしか成人済みだと聞いたはずですが…」

 と、その言葉に横からナマエ自身が口を挟んだ。

「私“安室さん”に年齢教えたことないですけど」

 当然だ。バーボンとして潜入していたときに得た情報なのだから。灰原が不審そうな目を向けて来たのに、安室は視線をさまよわせた。コナンは珍しいな、と思いながらその様子を観察していた。もしかして動揺しているのだろうか?この人らしくもない。

「…となると、僕は今まで未成年飲酒を容認してきたことになってしまうわけですか」

「この子ドイツ育ちで幼い頃から水みたいにビール飲んできているし、少なくとも公の場所以外ならとやかく言う気はないけど?」

 すぐに冷静さを取り戻した安室に、灰原が同じく冷静に(というよりは冷たく)返答する。当のナマエは特に何を言うでもなく灰原の髪を弄っていた。



「…すみませんでした」

「何への謝罪かは分かる、でも、納得いかない、…というより不本意です」

「まさか、未成年だったとは」

「………どうして。たかが数年の年月に何の意味があるんですか。高校生でも大人顔負けのことをする未成年はいるし、21でも25でもガキはガキだ」

「それでも、僕の行為は、未成年に対するものとして不適切でした」

「ははっ、本当、あなたなんか、」

 ナマエはちょっと笑って、すっと拳を引いた。安室の腹へ、大きく振りかぶって打ち込む。避けることなど簡単だったはずなのに、拳は綺麗に極まった。ナマエはすっと笑顔を消して、無表情に静かな怒りをこめて男を睨み付けた。

「何で避けないの。あなたの大嫌いな男の飼い犬が噛みついたのに。いつもなら逆に一発くらい私にぶちこむところじゃないんですか?」

「…………あなたの気が済むなら安いものです」

「済むわけないでしょう?…私は未成年だから謝られて……私が成人ならあなたは謝らないのに、私が未成年というだけで――――何で、そんな顔をするんですか。警官だから?法規を遵守しなければならないから?倫理にもとるから?」

「………」

「結局、私の中身はどうでもいいんでしょう。私が犯罪者だからどう扱っても構わないと思っていたのが、私が未成年だと知ったから庇護すべきものとして扱う?そんなのって、今まで受けた行為の中でいちばん最低だ。これ以上あなたを嫌いになることなんかないと思っていましたけど、毎度毎度予想を裏切ってくれますね」

「…すみません」

「謝罪?あなたが?さっきから、ふざけないでください。それくらいならいっそ手酷く犯された方がまだいくらかマシだ。本当に悪いと思っているなら二度と私の前に現れないよう“降谷零”に伝えておいてくれます?“安室透”とはまあ最低限のお付き合いくらいしますよ。ああ、それと、アパート見つけたので、私は明日にでもこの町を出ていきますから。もう関わることもないでしょう」

 安室透の姿でならばまだ関わる意志はあるということを僥倖と思うべきか。バーボンと言わず降谷零と名指しされたことを恥じるべきか。…彼女は彼女を痛めつけたバーボンにではなく、日本国の公安である降谷零の方を憎んでいると言っているのだ。

「………新しいアパートの住所は、」

「教えると思います?鬱陶しいので護衛とか寄越さないでくださいね、もし寄越しやがったら私は国外に高跳びして組織の任務に精を出すことにしますので。ああそう、ドイツとかいいですね。そこでなら私は未成年じゃないし、あなたの国の国民でもなくなる」

 暗に、というよりもいっそのこと直截に、未成年か否かで態度を変えた安室の愚かしさをこき下ろして、ナマエはくるりと踵を返した。振り返る寸前、ほんの一瞬だけ、泣きそうな表情が浮かんだのが見えた。
 謝り方を間違ったのは分かった。
 だがそれでも安室透にとっては―降谷零にとっても、彼女は自分が守るべき国民で、かつ法によって庇護される未成年であるのだ。今更バーボンとして謝ることなどできはしない。降谷零としては謝ったところで許されないとしても。



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