抗えない本能

その日は随分と暑い夜だった。

「おい、ナマエ、酔ってるのか?珍しいな…」

誰かが自分に向かって何かを言っている気がしたが、はっきりとはしなかった。ナマエは微かに身じろいだ。体の下には固い感触があるから、あのまま倉庫で寝てしまったのかもしれない。意識がふわふわとして、夢なのか現実なのかも判然としない。一瞬だけ目を開けると、真っ赤な色が見えた。近くに怪我人がいるらしい。血の匂いが漂っている。

「ナマエ、荷を運びたい。移動しろ。んなとこにいたら蹴られるぞ…聞こえてねェか?」

ついついと足で頭をつつかれる。流石に意識が覚醒して、鼻で息を吸い込んだ瞬間。鼻腔が血の匂いで満たされた。

途端、カッと燃えるような赤が眼裏に瞬いた。そのまま抗いがたい欲求に従って、ナマエは口を開けて噎せるような血の匂いの元をかぷりと咥え込んだ。

「!?」

ベックマンは驚きに目を見開いたが、ナマエは構わずにむしゃぶりついた。

人の生き血だ。口にするのは一体何年振りか。傷口を覆っている薄いかさぶたをこそぎ取り、ゼリー状になっている体液を舐め取って、吸い付くように傷口に口づける。理性は疾うに吹っ飛んでいた。



「おい、ナマエ!」

酔いつぶれて寝転がっているナマエが邪魔で、足でつついたのがいけなかったか。巻き付けている包帯のせいで靴も履いていなかったその足に、一体何をトチ狂ったのか、ナマエがむしゃぶりついたのだ。歯を立ててこないから、食い物と間違えている訳ではないのだろうが。

「ナマエ!」

強めに名前を呼ぶと、ナマエはようやく顔を上げた。ただし足は咥えたままだ。その目がまるで獰猛な獣のように爛々と輝いているのを見て、思わずベックマンは息を詰まらせた。まるで昼間、我を失っていた時のような目をしている。

逆らってはいけない。

何故だか分からないが、ベックマンは本能的にそう悟って、抗うことを止めた。自分より遥かに小柄で、組手をしたっていつもこちらが勝つような相手になぜそのように思ってしまったのかは分からない。しかし少なくとも落ち着くまでは刺激しない方がよさげだとベックマンは判断したのだった。

とは言っても、数日ろくに洗ってもいない足を他人に舐めしゃぶられるのにはかなりの抵抗があった。治りかけの傷はただでさえむず痒いというのに、それをほじくられ、更には指と指の間の皮膚の薄い部分まで嫌になるほど丁寧に舐めあげられたのでは溜まったものではない。

包帯の隙間から侵入してきた舌はいつの間にか足の指を舐め終え、足の甲と包帯の隙間にねじ込むように入り込んできていた。

「……ッ」

ベックマンは、ハァ、と熱い息を漏らした。



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