臆病な化け物

がばり、ナマエは身を起こした。薄暗い室内。―――いや、肌の感覚からして時刻は真夜中。それなのにこんなに冴え渡っているのは一体、なぜ。まるで昼のようにものがはっきり目に見える。

「………ン、…」

横にいるのが誰かなんて、見なくても分かった。
ナマエは思わず顔を覆った。

「ナマエ……か?」

身を起こした隣の男に、思わずびくりと肩を跳ねさせた。

「……副船長」

「あー……その様子だと、覚えてるらしいな」

「わ…私、」

「とりあえず灯りを点けてくれねェか。こうも暗くちゃ話もできん」

「………話?何を…何を話すことがあるっていうんだ」

灯りを点けなかったのはわざとだ。点けずともナマエの目には部屋の様子も副船長の表情も克明に見えていたが。………こんなに感覚が冴え渡っている理由など、ひとつしかない。

「私は…………ッ」

副船長が少し息を呑むのが分かった。向こうからすればこちらの姿など見えておらず、声で全てを判断するしかない。…警戒するのも当然だ。

「…ナマエ。分かったから……バカなことは考えるな。落ち着け」

「落ち着いているさ。今までになく―――気分がいい。」

一体何年振りに、……どれほどの血を啜ったのだろう。ああ、そうだ、副船長は無事なのか。
急に心配になってその筋骨逞しい首筋に手を触れる。びくりと震えられて、思わず自嘲の笑みが漏れた。だがまあそれも仕方ない。

脈が薄い。

「よっ…と」

「おい何を……止せナマエ!」

「はは、焦った副船長の顔なんて、貴重だな」

ナマエは一息にその巨躯を抱え上げた。体中に力が漲っている。ナマエは小柄な方で、副船長はかなり大柄な方だが、体格の差など問題にならないほどに。
茶化して笑ってみたが、胸のうちはすぅっと冷たくなっていくのを感じていた。



目が覚めたのは夜中だった。どうやらまだ倉庫で、気絶する直前まで一緒にいた人間は先に目を覚ましていたようだった。
窓もなく灯りもついていない倉庫では、多少夜目が効くベックマンといえど、ナマエの表情を判別することは不可能だった。

ずきずきと痛む頭を抱えながら身を起こすと、傍らの気配が震えるのが分かったので、そちらに目をやった。
灯りを点けろと言っても聞く様子はなく、ナマエの声に危うさが混じったのを聞いて取り、思わずそちらに目を向けて―――思わず息を飲んだ。

暗闇に光源はほとんどないはずなのに爛々と光る、二つの紅い光彩。

しかし、誤った態度を取ってしまったようだった。表情こそ見えないが―――ナマエの気配が落胆に揺れたことくらいは分かった。

一体、何がどうなっているんだか。
せめて話をさせてほしい。

ベックマンは切実にそう思ったが、なぜか軽々と抱き上げられて会話は強制的に中断させられた。ベックマンにできたことなど、「せめて抱き方を変えろ」と懇願するくらいのものだった。

いわゆる姫抱きをされたことなど、人生初だった。



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