腹の探り合い

 彼女は境目への刺激に弱い。

 それを探り出すまでには、かなりの時間と綿密な観察が必要だった。己の欲望に負けず、ただ彼女の快楽だけを追求するような輩は組織にもいなかっただろうから、恐らくは自分だけが知る彼女の弱点。

「やっ…あ、も、やめ…っ」

 いつもの演技とたいして変わらないような喘ぎ声。だがしかしそれが本物であることを昴は見抜いていた。「やめてほしい」少なくともこれは彼女の本心だ。演技ができなくなってしまうからだろう。

 先に音を上げた方がひとつずつ相手の質問に答える、という他愛もないゲーム―汚れた下種な大人が考えそうなゲームの一環だった。

「もう…早くシて…っ」

「おや、“何”を?」

 わざとらしく耳の裏に息を吹き込む。耳と顎の境目。肌が張って薄くなっているその境目に舌を這わせると、彼女は肩を震わせた。脈拍や呼吸、涙までは演技できたとしても、さすがに体液の分泌までは自分で操れはしまい。昴の指が直接そこへ触れていたのなら生理的な反応と返すことも可能かもしれないが、昴はまだ一度もそこへ触れてはいない。

「わかっ…てる、くせに…!」

「あなたの望むことは既にしていると思っているのですが」

「嘘つき…!」

 うそつきはそっちの方だ、とはまだ言わない。こちらが弱点を把握していることはまだ伏せていたい。

「も、早く、入れて…!」

 ――――これも本心ではない。昴は彼女の表情をつぶさに観察しながらそう判断した。挿入されれば痛みで少しはこの快楽から逃れられるとでも思っているのだろうが、そう簡単に逃がしはしない。痛みなど与えてやらない。不快感も。挿入時に得られる痛みと不快感で彼女が毎度辛うじて理性を保てているのも、もう分かっている。

「まぁ、まだもう少し楽しませてくださいよ…」

「……っ、性悪!」

 昴はまだ一枚たりとも服を脱いですらいない。ただ彼女の全身を指と口で愛撫しているだけだ。

「嫌ではないでしょう?」

「いやよっ!」

 頑是ない子どものような言いぐさに、昴は思わず笑いをもらした。「嫌」なのは本心だろう。気持ちがいいことも本当だろうが。
 休む間を与えず、今度は乳房と腹の境目に舌を這わせる。男には無い、境目。ふくらみと平らかな部分の境目。それを明確にさせるようになぞると、とうとう彼女は泣き出した。涙なら先程からも流していたが。演技ではなく、どうやら本格的に。

「…困りましたね。泣くほど嫌ですか?」

「もう、早く、してよ…っ」

 これ以上快楽に堕ちるのは耐えられない。そう言いたげな彼女の言葉に、昴は手を離した。彼女は耐えかねたように昴の股間に手を伸ばす。好きなようにさせていると、前を緩められ、彼女がそこに口を寄せた。流石に少し驚く。そこまでしてさっさと終わらせたいのか。

「堪え性がありませんね?もう少し付き合っていただきますよ」

 体を押し倒す。抵抗は形ばかりのものだった。本気で嫌そうにしている割に力が入って
いないのは、本気で快楽が押し寄せているからなのだろう。
 押し倒した背中の筋を舐める。背骨と筋肉の境目。面白いようにびくりと揺れる背中を、押さえつけることはしない。押さえつけて無理やりに与える強い快感より、そちらの方が彼女は感じるらしい。つくづくフィクションのアダルト作品はファンタジーなのだと思い知る。ただ大きなものを突っ込まれただけで快楽を得られる女性などそうはいない。
 背中と腹の境目、脇腹から腰骨にかけての肌のつっぱった部分に指を滑らせる。声は相変わらず抑えられているが、息の粗さは演技ではなく本物になっていた。
 そのような微かな快感を塗りこめていく方が、どんな暴力に晒された時よりも、どんな強い快感を与えられた時よりも、彼女は追いつめられる。

「いや…っ…何でここまで、あなたなんかに…!」

 本気で嫌悪感を露わにして睨み付けるナマエの瞳に、昴はぞくりと震えが走るのを自覚した。よがっている演技よりも、作られた喘ぎ声よりも、よほど正直でこちらを揺さぶる、本物の感情。
 辱められることにも、支配されることにも、彼女は慣れ切っている。そんな女を力や強い快感で屈服させたところで、全く何の感情も発生しない。それよりもいっそ彼女の好きな、微かな快楽だけを与え、存分に悦ばせ、困惑させた方がいい。

「……分かった、今夜は私の負け。ひとつだけ答えてあげる…っ」

「今夜も、の間違いでは?…今日はいいですよ。代わりに続きをさせてください…ね?」

 ナマエの顔が絶望に染まった。まだ解放してくれないのか、と。

「こんなことに、何の意味が…っ!」

「意味?そうですね…」

 弱みを握ることができる?優位に立てる?あるいは、

「あなたを気持ちよくさせたいだけ、ですよ」

「ふざけ…っ!」

 今まで彼女が散々なセックスしかしてこなかったであろうことは容易に分かる。快楽を得るためでもなく、幸福感を得るためでもなく、温もりを得るためでもなく、愛情を確かめあうためでもなく、ただ痛めつけられ、甚振られ、誰かを愉しませるためだけの。

「…とりあえず、そろそろ理性は飛ばしてもいいのでは?」

「誰が…っ、あなたなんかの前で…!」

「流石にもう、目的が同じであることくらい分かっているのでしょう?あとはあなたの意地だけですよ…」

 彼女はもう組織には戻れない。そしてその目的は宮野志保を守ること。ならば昴を警戒する理由などひとつもないはずなのだ。

「……単純にあなたがいけすかないの!」

「おや、それは残念…僕の方は君に好感を持ちかけているところなのですがね」

「ふざ…っうあぁ!」

「何より、君が素直に協力してくれればこちらとしても助かります…」

「っあぁ……っ」

 意地でも喘ぎ声をあげようとしない彼女なので、喋っているところを追いつめる。流石に歯を食いしばらない状態で声を押さえるのは難しかったらしく、一段と大きな嬌声がもれた。

「んっ…あ、……っ!……!」

「ここまで来てもまだ声を押さえるだけの理性がありますか…手ごわいですね。まあ、夜はまだまだ長い…長期戦でも、僕は構いませんよ」

 相変わらず服のひとつも脱がないまま、昴はナマエの生肌に手を這わせた。



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