名探偵の災難
「……ナマエさんって、昴さんのこと嫌いなの?」
子ども口調で尋ねて来たコナンに、ナマエはにこりと笑顔を返した。
「好き嫌いじゃ割り切れないこともいろいろあるのよ、ボウヤ」
嫌いどころの次元じゃないのよ、と言わなかったのは、ナマエのせめてもの矜持だ。
「…ナマエさんにボウヤって呼ばれるの、何かヘン…」
コナンは意趣返しとばかりに言った。それもそのはずで、灰原によればナマエと工藤新一は同年代なのだから。
(そういや、赤井さんてこいつの実年齢知ってんのかな)
赤井秀一は確かに沖矢昴とは違って誰彼構わず優しく当たる性格ではないが。赤井のナマエへの接し方は、女性、しかも未成年に対するものとしてはいささか違和感を感じる。
「あら、誰になら呼ばれてもヘンじゃないの?」
「え?」
「ボウヤ、って。…私にそう呼ばれるのはヘンなんでしょう。なら、誰なら君をそう呼べるのかしら?」
「ああ。……赤井さんかな?」
途端に笑顔の裏にどす黒いものがちらりと見えた。コナンは思わずごくりと息を呑む。
「や、やっぱり嫌いなの?」
「…似ているのが嫌なだけだよ、コナン君」
ボウヤと呼ぶのを止めたナマエに、コナンは首を傾げた。
「…どこが嫌いなの?」
「しつこいなぁ。もしかして探りを入れてこいって言われたの?」
「そ、そういうわけじゃないけど…じゃあ逆にさ、どこか好きなところはないの?」
「もお。この世に自分の分からないことが少しでもあるのが不満なのかしらね、この小さな探偵さんは」
口調は優し気だが、これ以上聞くなというオーラが漂いまくっている。コナンはそれ以上聞けずに口をつぐんだ。しばらく沈黙のまま、二人並んで歩く。
「……まぁ、顔と匂いはフツーに好きかな?」
「え?」
「え?」
「………」
「あ、しまった、声に出てたか」
どうやら沈黙していたのはコナンの質問の答えを考えていたかららしい。意外と律儀な人だよな、とコナンは内心で思う。
「今の、内緒ね?コナン君。約束できる?」
「え、う、うん…」
「とはいっても口約束だけじゃなあ。君、あの人と仲いいし」
「い、言わないよ」
「うーん…」
不意に壁際に引き寄せられ、ナマエがコナンの背の高さに合わせてしゃがんだ。顔の横に手がつかれる。いわゆる壁ドン?とコナンが思う間もなく、唇に柔らかい感触が走った。驚いている間に舌が入り込んで来て、しばらく口内を荒らし回ってから、ようやく離れていった。
「……!!!」
「あっはっは。経験値ないねー。もしかしてファーストキス?なわけないか」
ディープは初めてだ、なんて言えるわけもなく、コナンは両手で口を覆って顔を真っ赤にさせた。
「二人だけの内緒ね?コナン君」
こくこくと肯く以外に、仕様もなかった。
…というか、顔と匂いが好きなんて、実は結構好きなんじゃないだろうか。