There is no choice.

 その日までナマエはすっかり自分の兄がFBIであり、目的をもってこの組織に潜り込んでいるのだということも忘れていたくらいだったが、

 ある日。

「ナマエ、聞け。俺たちはこれから勝負を仕掛ける。何があってもお前は知らぬ存ぜぬを突き通せ」

 行為が終わった後、ナマエの体やシーツを清めるのはライであることが多い。そのタイミングで、ライがそっとナマエの耳に囁いた。ドアの傍には見張りの組織の仲間がいて、浴室にはジンがいるというのに。信じられない、という目で兄を睨めば、兄はキスをするふりをしてナマエを押さえこんだ。

「ここには盗聴器はない、奴らの目しかない。喘いでいるふりをしろ」

「誰が…ッ…う、あ、」

 ふりをしろ、と言いながら、ナマエが素直に従わないことを見越していたかのようにライはナマエの体に手を滑らせた。散々高ぶらされた体はもはやどこを触られても電流のような刺激を受け取る。

「あ、ああ―うあァっ!」

「グリーンガーデンホテル8074、プリメーラは真冬の甘い蜜を好む、だ。覚えろ」

「なにを――――クソっ、離せ!」

 合間に囁かれるライの言葉を、ナマエの喘ぎがかき消す。離れたところからこちらを見ている見張り役はにやにやと下卑た笑みを浮かべているだけで、二人の会話には気づいていないらしい。…ライが、自分を殺したいほど憎む妹を無理やり抱いている、というのは、組織の中では有名な話だ。

「グリーンガーデンホテル8074、プリメーラは真冬の甘い蜜を好む。たどり着けたならお前を逃がしてやる」

「ふざけるな――――何が助けだ…誰がお前なんかにっ!」

 がり、と、目の前の兄の肩に噛みついた。しかし目の前の男は僅かに顔を顰めただけで、抵抗もしない。

 がちゃ、と、浴室のドアが開く音がした瞬間、秀一はナマエから顔を離し、先ほどよりも多少大きな声で囁いた。

「しばらく会えなくなる……寂しいよ。お前ほど具合のいいセックスドールはそういない」

 ――――すべては演技だと、そんなことくらい、ナマエだって知っている。そうするより他にこの組織で生き残れる術がないことも、承知している。そのためなら、妹を犯すくらい、やってのける男だ。下手に妹に優しさを見せれば兄妹ともども危うくなることなど、ナマエだって、知っているのだ。
 それでも湧き上がる憎悪は、兄に向ける以外なかった。



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